イギリスでソーシャルワーカー国家資格制度への動き
再び私はイギリスへと戻ってきました。なんとも幸運なことにご当地ロンドンの金曜日は晴れ!セビリアほど真っ青な空ではないものの、それでも窓から陽の光が差し込む朝を迎えるのは気持ちがいいものです。セビリア旅行からの移動で昨夜は結構疲れたので、今朝はのんびりゆっくり朝ごはんを食べながら現地のニュースに目を通していたのですが、その中でソーシャルワーカーに関する興味深い記事を見つけました。それはイングランド(英国)政府がソーシャルワーカー国家資格制度設立に向けての立法協議を始めたというものです。
正直私、この記事を読んでビックリしました。だってソーシャルワーカー発祥の地であるイギリスでは、てっきりもうソーシャルワーカーは国家資格になっているものだと思い込んでいたからです。BASW(イギリスソーシャルワーカー協会)の報告書によれば、イングランド(英国)以外の、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドではソーシャルワーカーは法案によって資格規制されているものの、イングランドでは児童保護および医療現場において今のところ誰でもソーシャルワーカーと名乗ることが出来る状態のようです。BASWから先月公表された報告書では、公共の安全・信頼のため、そしてソーシャルワーカー全体の質向上のため、ソーシャルワーカー国家資格法の早期の立法の必要性を説いています。
そして先日2月8日に、英国こども・家庭省の政務官が、ソーシャルワーカー国家資格制度の立法に向けての広聴を行うことを宣言しました。これでBASWが長年掲げてきたソーシャルワーカー国家資格制度という目標に大きく前進したことになります。BASWもこの政務官の発表を受け、立法に向けての広聴のため、BASW会員にむけてソーシャルワーカー資格認定・保持に関する意見および要望を出すよう広く呼び掛けています。
日本ではソーシャルワーカーが国家資格(社会福祉士)として制定されたのが1987年。私が医療ソーシャルワーカーとして働くカナダ、BC州では2013年にBCCSW(BC州ソーシャルワーカー協会)認定によるソーシャルワーカー資格制度が任意から強制へと変更されました。そして英国では未だ資格規制なし。ソーシャルワーカーという職業の歴史を考えると、驚くほど資格規制というものが最近までなかったことに気づかされます。これは他の医療専門職と大きく異なる点です。医師も、看護師も、薬剤師も、作業療法士もはるか昔から国家資格化されているのに、なぜ公共・医療の現場で働くソーシャルワーカーの資格は規制されてこなかったのでしょうか?
私が考えるに、その理由の一つはソーシャルワーカーという職業の成り立ちにあるのではないでしょうか。Toynbee Hallでケンブリッジ大学やオックスフォード大学の学生がロンドン・イーストエンド貧困地区に自ら住み込んで、そこの住民と一体となって貧困撲滅に向けての社会活動をしたように、ソーシャルワーカーの基本理念は草の根運動にあります。助けが必要な人々と同じ視線にたち、その人たちを励まし啓蒙し、ソーシャルワーカーが主体ではなく、助けが必要な人たちを主体として問題解決を模索・実行・援助するのがソーシャルワーク。それを他の専門職のように資格によって規制することへの抵抗がソーシャルワーカー達の中にもあったのではないかと思うのです。つまり、資格化するという事は大学教育を受けたエリートのみがソーシャルワーカーになれるという事となり、それは草の根運動を理念とするソーシャルワークそれ自体に理論矛盾するのではないか?という問題です。
これは私も大学でソーシャルワークを学んだ当時に直面した矛盾でした。当時、教授の一人がBC州でのソーシャルワーカーの資格化を強く推し進めていて、学生たちにもその大切さ、とくに職業としてのソーシャルワーカーを守るために・公共に認知されるために資格化は必須なのだと強調していました。ソーシャルワーカーが専門職として認められ、ソーシャルワーカーの仕事が「きちんと」教育を受けた者だけができる職業になることは、当時大学院で勉強していた私には有利になるし、それはすなわち私の仕事と生活の安定化を意味することにもなるので、そういう面では私はもちろんその教授の資格化運動に同意したのですが、同時に大学院にまで行って勉強している私が、果たして助けを必要としている人たちと同じ視線に立てるのか?という疑問もありました。それは理論・研究・論文といった典型的な大学院生活を送る中で、どんどん自分が世間でいう「エリート化」され、逆に草の根運動からはどんどん遊離している気がしたからです。そもそも自分の学術論文自体、いったい誰のために書いているんだろう?と難解な学術用語満載の自分の論文を見るたびに思わずにはいられませんでした。そんなわけで、ソーシャルワーカーの資格化・資格規制については手放しで大賛成とはいかなかったのでした。
このような理論矛盾は今も私の中では解決していないのですが、しかし倫理問題がいっぱいの医療現場で医療ソーシャルワーカーとして働く中で、基本的なソーシャルワーク教育は患者さん・クライアントの安全のために絶対に必要だと実感するようになりました。とくに、自分とは異なった様々な考え方・価値観を尊重できる寛容力、倫理問題を多角的に考察する力、そして共感的&論理的に問題解決に導く能力、こういったものは大学教育無くしては得ることが難しい「力」だと思います。そういう意味では、ソーシャルワーカーの資格化はやはり必要なのではないかと最近は思うようになりました。さらに、マイノリティの患者さん・クライアントの声を社会に届けるためには、そのメッセンジャーであるソーシャルワーカーも社会で認知されなければ効率的・効果的に社会で啓蒙することが出来ません。そのためにも、資格化によってソーシャルワーカーを専門職として公共に認知・認識してもらうことは、私たちの助けを必要とする患者さん・クライアントのためにも有益であるのではないかと思うようになりました。そういうわけで、このイングランドでのソーシャルワーカー資格化も、早く立法されるといいなぁと思います。なんといってもイギリスはソーシャルワーカーにとっては「聖地」(笑)なのですから、これからもどんどんと先に進んで私たちのお手本になって欲しいと思います。
さて、私は今からお散歩に行って、日光浴INロンドンを楽しんできます。でもセビリアの陽射しに慣れてしまった私には、ロンドンの陽射しは・・・弱い 涙
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