消えた患者の妻

これは私の同僚Lさんが実際に体験したお話です・・・
ある夏の昼下がり、その電話はかかってきました。
プルルルルル、プルルルル

「はい、ソーシャルワーカーのLです」

「あ、ソーシャルワーカーさん、私、腹膜透析の患者のAなんですけど、ちょっと困ったことがあって相談に乗って貰いたいんですが・・・」

「もちろんですよ。どうなさいましたか?」

「実は・・・妻が行方不明なんです」

「え?奥さんが?」

「はい。妻は一昨日の月曜日に突然自宅で死んだのですが、その後どこに行ったか分からないのです」

「・・・あの、奥さんは亡くなられたのですか?」

「はい。それで救急隊員が来てくれて、でももう亡くなっているからと赤い毛布を掛けて何処かに連れて行ってしまったんです」

「病院や警察などから連絡ありませんでしたか?」

「えっと、実はどこかから電話が昨日あって、妻の世話はきちんとしているから安心してくれ、みたいな事を言われました。でも何処のどなたかを聞く前に電話が切れてしまって・・・いったい私の妻は今どこにいるんでしょうか?もしかして生きてるんでしょうか?」

「・・・・・・・・」

という内容のご相談をLさんは受けたのでした。
ゾゾゾゾゾゾ〜
これってお化けの話なの?
いえ、違います!(だったら紛らわしい書き方するな!?笑)


でも、Lさんが電話で患者さんと話している時、私も真隣で聞き耳立てていたので、最初はゾゾッとして「なんか怖えぇ〜!」って思っちゃいました、死んだ妻が行方不明だなんて・・・
そもそも救急隊員は死んだ人を運ぶ際に「赤い毛布」なんて被せません。通常はBody Bagって呼ばれる白っぽいプラスチック製の袋の中にご遺体を入れて、病院もしくは警察署管内の霊安室に運びます。それに謎の「奥さんのお世話をしています」という電話・・・一体どこの誰?お世話をしているってどういう意味なんだ?
さらに「死んだ妻は一体どこへ行ってしまったのでしょうか?」と言う質問も、なんだかとっても宗教的な感じがして、でも実際、遺体も何処かに行ってしまったみたいだし、う〜む不思議というか不可解というか・・・ジワ〜と鳥肌が立ちそうだ。


さて担当ソーシャルワーカーのLさんも不可解そうな顔をしています。

「Aさんわかりました。それでは奥様をお探しいたしますね。また折り返しお電話差し上げます」と言って一旦電話を切ると、私の方を向いて「シンペーはどう思う?」と聞いてきます。
「え?うん、なんか赤い毛布ってとこが一番ゾゾっとした」って私は答えたのですが、Lさんが聞きたいのはそういう事じゃないんだよな(笑)。なので続けて私は「ね〜、念のために、まずは奥さんの携帯に電話してみたら?もしかしたら生きてるかもしれないし・・・」とアドバイス(?)をしてみるのですが、どうしてもヒソヒソと声を潜めてしまい、やっぱり怖い話のトーンになってしまうのです(っていうか私が勝手にしている)。
「そうだね。Aさん少し認知症ぽい感じもあったから、確認してみようか?」と言うと、Lさんは早速Aさんの奥さんに電話をしてみます。側で見ている私の方がドキドキします。だってもし奥さんが電話に出たら・・・ゾゾゾ・・・あ、違った。それは生きてるって事だから喜ばしい事だよね!と私の頭の中では勝手に「霊界からの電話」になっちゃっていました。はい、そうなんです、私、無駄に怖がりなんですよ。


プルルルル・・・とLさんがAさんの奥さんに電話をかけている音が聞こえます。

「はい?」
あ、出た!誰か電話に出たよ!(なんか怖ぇ〜)

「あ、どなたですか?」と電話口で聞くLさん。

「私はAですが?」(あ、奥さんじゃなくてAさん本人が出た!)

「あ、Aさん済みません。度々連絡して。こちらソーシャルワーカーのLです。えっと、これから警察に電話をしてみます。通常、自宅で突然亡くなられた方の場合ですと、検視官が検視をすることになっています。ですので、恐らく警察の方が奥様の居場所を教えてくださると思いますので、連絡がつき次第ご連絡致します」

と動揺も見せずLさんはAさんに説明します。なかなかやるな〜Lさん。私だったら奥さんの電話に誰かが出た瞬間ビクッとして「あの?あの?あ、あ、あなたは誰ですか?」って電話口で固まってしまうに違いない。その点、肝っ玉と機転の効くLさんには尊敬です!(って言うかシンペーが酷すぎる 笑)


そんな訳で警察に電話を入れたLさん。なんとそこでいとも簡単にこのミステリーは解決したのでした。警察の人曰く:「救急隊員が自宅でAさんの妻の死を確認した後、警察に連絡があり、検視官が派遣され検視を行った後、Aさんの妻が生前に指定していた葬儀屋が遺体を引き取った」そうです。なのでAさんの妻はその葬儀屋で安置されているに違いありません。早速Lさんはご遺体を引き取ったと言う葬儀屋に連絡すると「あ、はい。Aさんの奥様はこちらにいらっしゃいます。先日もAさんにお電話で奥様をお預かりしてお世話をしております旨をお伝えいたしました」と言うではありませんか。あ、それが「お世話」ってことなのね〜(紛らわしいんだよ!)と勝手に思った私。Lさんと私が推測するのはこう。


突然の妻の死に動揺するAさんの家には、救急隊員や警察官、検視官、そして葬儀屋という様々な人が出たり入ったりする中、Aさんもいっぱいいっぱいで、訳か分からないうちに妻の遺体が何処かに行ってしまったって感じになったのでしょう。おまけに先週の月曜日は猛暑日で、普通の人でも頭がボーッとするほどの暑さ。妻の死に動揺しているAさんが混乱するのも無理はありません。いやむしろ「もしかしたら妻は生きてるのかも・・・」って思ってしまう(思いたくなる)Aさんの気持ちを考えると心が締め付けられる思いになります。ま〜葬儀屋も「ご遺体を保管しております」って言うよりも、「奥さんはこちらにいらっしゃって私どもがお世話させて頂いております」って言う方がマイルドだしリスペクトもある感じがするから理解できるけど、でもやっぱり、ちょっと紛らわしいんだよな(とくにこの場合)・・・と言いつつ、私も病院で患者さんが亡くなられた時は、ご家族の方に、「〇〇さんはこちらにいて頂きますので葬儀のご準備ができた時にご連絡ください」みたいに言ってるな〜。愛する人が亡くなられた時は、その人がまだ生きているかのように言うのがいいのか、それとも死んでしまった事を受け入れられやすくするように言ったほうがいいのか・・・むずかしいね。それを受け取る方の気の持ちよう次第なのか、正解は多分ないよね。


さてこのケースで私の気にかかったのは、Aさんの奥さんはもしかして熱中症で亡くなられたのかな?と言うことです。実はバンクーバー全域で猛暑日の最中に亡くなられた方が700名以上いて、多くが熱中症によるものではないかという検視報告がされました。そう思うと、ますます胸が痛くなります。Aさんの奥さんの安らかなご冥福を祈りつつ、Aさんの悲しみが少しでも和らげばと願わずにはいられません。有能な医療ソーシャルワーカーLさんがAさんの喪をサポートしてくれるから、きっと大丈夫。


・・・という、ちょっと変わったケースを今回は紹介してみました。怖い話じゃなくて良かった(?)ちなみに「赤い毛布」なんですけど、これは葬儀屋がご遺体を運ぶ際にかけてくれたそうで、葬儀屋の心遣いだったのでした。あ〜謎が解けてスッキリした!あと意外かもしれないけど、こういう「遺体はどこですか?」とか、「遺体の引き取り手がないから探してくれ」とか、「霊安室がいっぱいだから他の場所を探してくれ」とか、ご遺体に関わる相談事も結構医療ソーシャルワーカーにやってくるんですよ。Lさんも何回か霊安室に行ったことがあるらしいし。ちなみに私は医療ソーシャルワーカーを10年近くやってるけど、まだ一度も霊安室には行ったことがありません・・・っていうか、やっぱり怖いから行きたくないかも。でも、そのうちそういう機会もあるかもね。うちの病院の霊安室は結構大きいらしいし(でも満室?になることも多い・・・)。あ〜なんかそんなこと考えたら涼しくなってきた〜(汗)

おわり

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