ソーシャルワーカーと倫理規定
ソーシャルワーカーを長らくやっていると、毎日の相談業務に慣れすぎてしまうせいか「私はただの世話役です」って気分になってしまうことがあります。医療の現場を見渡せば、医師も、看護師も、薬剤師も、そして栄養士も、みんな医療用語を駆使して「科学的」なのに、私の話す事と言えば「家が無い、お金が無い、家族が無い、サポートが無い」というような医療自体とは直接関係ないように見える事柄ばかりで、カンファレンスでも「あ、そうなんだ。そりゃ大変だねその患者さん。じゃーそういうことは全部そっちで面倒見てってね」ってチームにもよろしく頼まれちゃって・・・なんか私って専門家なんでしょうか?それとも単なる面倒見の良い「お兄さん」(おじさん)なのか!?って自問してしまうこともあります。しか~し!それでもやっぱりソーシャルワーカーは専門職なのです。それを再認識させてくれるのがソーシャルワーカーの倫理規定なのです。ソーシャルワーカーのみなさん、ちゃんと覚えてますか倫理規定? 笑
専門職としてのソーシャルワーカーには倫理規定があります。日本ソーシャルワーカー協会では倫理綱領と呼ばれ、カナダソーシャルワーカー協会(Canadian Association of Social Workers/CASW)ではCode of Ethicsと呼ばれます。日本ソーシャルワーカーとカナダソーシャルワーカー協会の倫理規定はほぼ似たような内容ですが、ここでは、私がカナダでソーシャルワーカーをしているという理由で、CASWの倫理規定を紹介したいと思います。
CASWの倫理規定には6つの価値が謳われています(英訳は私の適当な意訳です 汗):
1. Respect for Inherent Dignity and Worth of Persons
人が生まれながらに持つ尊厳と価値の尊重
2. Pursuit of Social Justice
社会正義への探求
3. Service to Humanity
社会奉仕
4. Integrity of Professional Practice
専門職としての誠実さ
5. Confidentiality in Professional Practice
専門職における守秘義務
6. Competence in Professional Practice
専門職としての適正・資質
なかなかカッコいい上記の6カ条なのですが、でもハッキリ言って、この倫理規定をすべて丸暗記して言えるソーシャルワーカーなどはこのカナダ広しと言えど数えるほどしかいないでしょう。え?私ですか?もちろん、全部すっかり忘れていましたよ今日このブログを書くまでは・・・でも、そもそも倫理というものは、この6カ条を丸覚えすればいいと言うものではなく、むしろこの価値が一人一人のソーシャルワーカーの心に染み込んで、生きていることこそが大切なのです!!!(・・・と言い訳してみた)。それでは、この一つ一つの価値をCASWの注釈をもとに私でも分かるように簡単に説明してみましょう。
1)Respect for Inherent Dignity and Worth of Persons人が生まれながらに持つ尊厳と価値の尊重
人がもつ固有の尊厳と価値を尊重するために、ソーシャルワーカーはクライアント(患者)それぞれがもつ決断能力を尊重し、ソーシャルワーカーによる必要以上のクライアントへの干渉を戒めています。またカナダの多文化社会において、ソーシャルワーカーは、クライアントのもつ異なる文化や信仰への尊重も持つ必要性があると説いています。ただ、クライアントや他者を危害から守るためには、ソーシャルワーカーがクライアントの権利を制限する社会的力を保持することも認めています。
2)Pursuit of Social Justice 社会正義への探求
ソーシャルワーカーは、抑圧されたマイノリティや社会的弱者の人々の基本的人権を守るため、差別や偏見に反対し、彼ら・彼女らの公平な社会参加を実現するための声を上げなければならないと説いてます。そしてその為の公平な社会資源分配の価値を認め、その実現に尽くさなければならないとも訴えています。つまりソーシャルワーカーが率先して公的サービスやコミュニティーサービスの必要性を社会に訴え、社会的に不利な環境におかれた人たちも平等に社会活動に参加できるよう援助するということなのです。
3)Service to Humanity 社会奉仕
私は「奉仕」という言葉は「滅私奉公」のような自己犠牲的なニュアンスがあるので、あまり好きではないのですが、うまく訳せなかったので、ここは社会奉仕としました。ま、それは置いといて、ここではソーシャルワーカーは、自己の利益の為ではなく、クライアントそして社会全体の利益の実現を目標として仕事をするようにと厳命してます。そしてソーシャルワーカーが持つ社会的権力の乱用を戒め(ってそんなにパワーあったっけ?)、それを社会正義のために使うよう説いています。この部分だけ読むと、まるでスーパーマンのようです。私もそんな乱用を戒めなければいけないほどの力を持ちたいものです・・・もちろん正義の為に!笑
4)Integrity of Professional Practice専門職としての誠実さ
ソーシャルワーカーはプロとしての正直さ、誠実さを忘れないようにと諭しています。そして、クライアントを援助する際も、専門職であるソーシャルワーカーとしての自覚とプライドをもってクライアントと接し、適切な距離を保つことの重要性を説いています。つまり、クライアントとの必要以上の関わりを戒めています。言い換えれば、クライアントと友達になったり、男女関係を結ばないように!と言っているのです。そして、この倫理を犯して資格失効してクビになるソーシャルワーカーが毎年必ず何人かいて、州の資格団体のホームページに晒されるのです。気をつけましょうね!
5)Confidentiality in Professional Practice専門職における守秘義務
守秘義務の厳守。これはクライアント(患者さん)の個人的な話を聞く仕事であるソーシャルワーカーなら誰でも知ってる倫理ですよね。でもこの倫理こそ、時にソーシャルワーカーを苦しめます。この倫理において、唯一ソーシャルワーカーが守秘義務を放棄してよい、いやしなければいけない場合は、法で定められた状況に置かれた時とCASWは曖昧に説明しているのですが、簡単に言えば、児童虐待、殺人願望、自殺願望、などなど本人および他者に危害が加わりそうな状況の時には、クライアントとの守秘義務は破っても良いと説いてます。実際はこの線引きが簡単ではないのですが(例:自殺願望のある患者さんとのカウンセリング)、これはまた別のときに深くお話したいと思います。
6)Competence in Professional Practice専門職としての適正・資質
ソーシャルワーカーはプロとして仕事をする上で、常に専門職としての技能や知識の向上を図ることが大切だと説いています。つまりクライアントや社会の為に役立つよう、勉学・トレーニングを怠るな!と私には耳の痛いお説教をしています。実際、毎年BC州のソーシャルワーカー資格を更新するには40時間の講習・トレーニングが義務付けられています。これはこの倫理に基づいたものなのです。正直めんどくさいけど、こうでもしないと皆(私?)怠けちゃうもんね。
どうでしたでしょうか、この倫理六カ条を読んでみて?
恐らく、私たちソーシャルワーカーは倫理自体は暗記していなくとも、ソーシャルワーカーになるまでの学校教育、職場でのトレーニング、業務を通しての経験で、これらの倫理は私たちの心に染み付いているはずです。ただこのように改めて倫理規定を読み返してみることで、私の仕事は専門職なんだ!という自覚が沸いてきます。そして実際、専門職なんです!(しつこいか?)。また、時にソーシャルワーカーは倫理の狭間で悩まされることもあります。これはEthical Dilemma倫理ジレンマと呼ばれるもので、ソーシャルワークをする上では避けては通れません。そのような時、この倫理規定を使って、自分の判断は正しいのかどうかを確認し、自信をもって患者さんに援助をすることが出来るのです(・・・でも逆に混乱してますますジレンマに陥ることもありますのであしからず)。そして最後に、これが一番重要!この倫理規定6カ条・・・ここの就職面接で聞かれます。ですからカナダのソーシャルワーカー採用試験に呼ばれたら、必ず目を通してある程度は丸暗記しましょう!!!
採用面接のたびに私も倫理規定を読み返してきたのに、まだ丸暗記できないのは、私の頭が悪いせいなのか・・・??? 涙
0コメント