医療従事者のための護身術講座


2年位前から、私の病院では医療職員のための護身術講座が開かれるようになりました。患者さんと直接やりとりをする看護師、OT/PT、ソーシャルワーカーなどの医療従事者が対象で、そしてこれ有無を言わさず強制受講させられます(笑)。また、毎年一回リフレッシュをかねて、これまた強制で護身術講座を受講させられます。私は先週、本年度用の護身術講座に参加してきましたので、そのご報告を兼ねて今日はこの「医療従事者のための護身術講座」についてお話したいと思います。



そもそもまず、なぜ病院が積極的に「護身術講座」を職員に提供(強制)するようになったのか・・・それはズバリ!患者さんからの暴力被害にある職員が多いからです。でも病院もただ「かわいい」自らの職員たちを守ってあげたい!という親心だけでこの講座にお金を払っているわけではありません。(私が思う)真の理由は、労災からの負担金・罰金が年々職員が暴力沙汰に巻き込まれて怪我をする度に跳ね上がるからです。また病院が提供している職員への障害手当ても、暴力沙汰による長期休養の職員が増えれば増えるほど、その負担が大きくなっていきます。それに加え、見かねた(最強)看護組合などが地位向上運動のためにストライキなどしたら病院としては大変な被害を被ってしまいます。そのため財政負担軽減と組合対策を目的として、この毎年の護身術講座が開催される事となったのです。



ではなぜ病院で職員は患者さんから暴力を受けてしまうのか・・・これは複雑です。まず病院で起こる患者さんから職員への暴力は1)病理的なものと、2)意図的なものとに分けることが出来ます。病理的暴力の例としては、認知症を患った患者さんからの暴力、精神疾患や薬物依存で錯乱状態の患者さんからの暴力、病気や薬の副作用によるせん妄に陥った患者さんからの暴力、、、と言った具合に、基本的に患者さんが本来持っている意思・意図とは無関係に、病気や薬による混乱・錯乱状態で職員を傷つけてしまう事を指します。それに対して意図的暴力は、患者さんが意図的・計画的に職員を傷つけようとする事を指します。意図的暴力の例としては、看護師の態度にカッとなって殴る、ソーシャルワーカーとのカウンセリング中に捨てられた妻への怒りを思い出して思わずソーシャルワーカーの胸ぐらを掴む、リハビリをさせようとするOTにムカついて押し倒す、、、などなど、基本的には自己の怒りの抑制が出来ないことから職員に八つ当たり的に暴力を振るってしまいます。



ソーシャルワーカーとしては、ついつい1)の病理的暴力に関しては、「患者さんもわざとじゃないし、許してあげてよ~」と言ってしまいたくなるのですが、直接患者さんと触れ合う看護師さんなどは、目に痣が出来るほど殴られたり、鼻が折れたり、転んだ拍子に骨折したりと「笑って~許して~」なんてお気楽なことが言えないほど深刻なダメージを受けることがあるので、病理的と言えども、患者さんからの暴力を甘く見ることはできないのです。これが患者さんからの意図的な暴力ならばなおさらで、いくら患者さんの抱えるフラストレーション、イライラ、怒りが理解できるとは言え、それを暴力という形で表すことは許されませんし、ましてや職員がそれを受け止めなければいけない道理などまったく無いのです。しかし現実は、患者さんからの職員、とくに看護師への暴力は止むことはありません。実際私も病院で働いてきた中で暴力沙汰一歩手前なんていうニアミスを数多く見てきました。



そんな訳で、「自分の身は自分で守る!」べく、私を含め医療職員達は護身術講座へと駆り出されたのでした。



護身術講座なんていうから、エイエイヤー!とばかりに軍事訓練もどきのことをやるのかと勇んで行ってみたら、何のことは無い、講座の半分以上は「いかに患者さんを暴力に走らせないようにするか」、すなわちデ・エスカレーション(De Escalation)についてのトレーニングなのでした。ま~そりゃそうですよね。暴力防止の名の下に、医療従事者が積極的に患者さんにパンチやキックを食らわせたら大問題になってしまいます。そもそもベットの空きの無いうちの病院には、これ以上患者さんを置いとくスペースは無いのですから患者さんに余計な怪我など負わせるわけにはいきません(・・・ってポイントはそこじゃない!?)。そういうわけで護身講座では主にデ・エスカレーションのスキル(技)を学ぶのですが、デ・エスカレーションってなんじゃろな?



デ・エスカレーションの最重要ポイントは、患者さんの怒りを暴力へと発展させないこと。その為には、患者さんのイライラが高まっているサインを見逃さず、患者さんの気をそらせたり、話を聞いてあげたり、口論は出来るだけしないよう気を付けたりして、患者さんがカッとなって手を挙げる事を防ぐのです。また同時に、自分自身を守るために常に自己の安全環境に気を配ります。例えば、逃げ場所を確保する、患者さんと一定の距離を保つ、助けを呼べる状況に身をおく、背中を見せない、などなどいつでも身を守って逃げれる準備をしておくことも大事なのです。



余談ですが、私がクリニックでソーシャルワーカーをしていた時、患者とのカウンセリング用に個室が与えられたのですが、この個室、医療従事者が壁側、患者が出入り口側に座らせるように設定されていて、暴力歴がある患者さんとのカウンセリングでは大変ドキドキしました。これ完全に設定ミスです。もし患者さんがカッとなって暴力沙汰になっても、出入り口に立たれたら私達職員は逃げることも出来ず、監禁状態になってしまいます。おまけに時計は私の後ろ側、緊急電話は患者さんの横、っていうとっても使いにくい部屋で、ソーシャルワーカー達からは大不評でした。ま~とにかく暴力沙汰が起きなくてよかった・・・



さてデ・エスカレーションに気を配っても、残念ながら暴力沙汰が起きる時は起きてしまいます。その最終段階で自己の身を守るために、護身術講座ではエイエイヤーならぬ身体を使って身を守る術も教えます。でもこれはあくまでも自己の身を守ることが目的であるため、相手への攻撃方法は教えてくれません。具体的には、相手に向き合いながら逃げるコツ、腕を使って自分の急所を守るコツ、胸ぐらを掴まれたときに相手の手を離すコツ、そして最後は逃げる練習。な~んだ、結局逃げるテクニックを学ぶだけなんだ・・・と少し私はガッカリ(?)したのですが、いえいえ、逃げることは大切です。自分も傷つけず、相手も傷つけない方法・・・それは逃げることです(暴力においては)!・・・とまぁ、これが「医療従事者のための護身術講座」の趣旨なのでした。



人の顔色を読むのが上手く、そしてある程度の距離を保ちつつ患者さんと働くソーシャルワーカーが暴力の被害にあうことは少ないのですが、しかし、言葉の暴力の脅威には私達も常に晒されています。時には、身体的暴力よりも言葉の暴力の方が心理的ダメージが大きいこともあります。しかしこの護身術講座、残念ながら言葉の暴力から私達の身を守る方法は教えてくれないのでした。そこが今ひとつ私としては「う~む」となってしまうのですが、心理的ダメージって身体的ダメージと違って証明しにくいから、今ひとつ注目されてないのかもしれませんね。しかし心理的ダメージの恐ろしさを嫌と言うほど知っている私達ソーシャルワーカーからしてみれば、言葉の暴力・心理的暴力の護身術こそ、私達医療従事者が学ばなければいけない事なんじゃないか?と、今回の護身術講座に参加した私は思ってしまうのでした。


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