初めての実習生③ -指導者の苦悩

実習指導の第一歩は、まず指導者自身の仕事ぶりを実習生に見てもらって、そこから仕事内容を大まかに学んでもらうこと。いわゆるシャドーイングってやつです。私も実習生時代は、指導員や先輩ソーシャルワーカー達の一挙手一投足を穴が開くように見つめては、そのスキルの高さに感動し、そして己の実力不足を痛感したものです。でも今回は逆の立場・・・き、緊張する。おまけにシャドーイングされる相手は優等生のS君。シャドーイングって「する」側より「される」側の方が遥かに緊張するんだな~ってのを実感。

それではS君を引き連れての業務スタート!

まずは簡単な(?)患者さんから始めよう・・・初日から指導員としての威厳を保つために私はとりあえずフレンドリーで話しやすそうな患者さんからアプローチしようと決めました。

「Aさん、おはようございます!Aさ~ん!(あれ、目つぶってるけど熟睡してるのかな?)Aさん起きてくださ~い、ソーシャルワーカーが来ましたよ~!」

と頼まれてもいないのに自身の威厳を見せたいがためにAさんをたたき起こそうとしている卑しい医療ソーシャルワーカー。

「ううん、うん?あ、シンペーさん、え?一体どうしたの?」

寝ぼけまなこのAさんは、私が突然やってきて必死になってたたき起こすので、何事かと驚いています。

「あ、えーと、Aさん最近元気にしてるかな~と思って。あと私が受け持つ実習生のS君をAさんにも紹介したくてやってきました」

と完全ソーシャルワーカー都合による訪問にも関わらず、人の良いAさんは

「おー!シンペーさんもついに実習生を受け持つようになったんだね~。S君よろしく。シンペーさんは良いソーシャルワーカーだから、シンペーさんについて学べば間違いないよ!」

と空気を読んでくださったのかAさん私の実力に太鼓判を押してくれました!これでまずはS君に私の偉大さを分かってもらえる、ありがとうAさん。予想通りに事が運び、まずは「しめしめ、うまくいったわい」とほくそ笑んだのでした。そんな私にS君は、

「Aさん気さくで良い方ですね。ところで患者さんが寝てらっしゃるときは、起こした方がいいんでしょうか?それとも起きるまで待っていた方がいいんでしょうか?」

うむむ、す、するどい質問

「そ、そうだね~。緊急の用事じゃないのなら寝かしたあげた方がいいかもね。とくに朝は患者さんも寝たいだろうし」

とアドバイス。え!?さっきAさんをどうでもいい理由でたたき起こしたのは誰だって!?これは私にとっては重要な業務だったので患者さんをたたき起こしたっていいんですよ!さて次の患者さんに行きましょう。


次は新患のBさんです。この患者さんに会うのは私も初めてです。事前に色々調べて来たのですが、透析科には珍しいまだ30代の若い女性です。最近アジアの国からカナダに移民してきたばかりで、カナダ人の夫と生活しているとカルテの情報にはありました。まずは自己紹介し、どんなサポートが必要かアセスメントをしてみましょう。とくにカナダに来たばかりだから言葉の壁があるかもしれません。またカナダの医療システム、社会福祉制度の情報も必要かもしれないからその辺も意識して面接してみましょう、とS君に説明しながら自分自身に言い聞かせます。実習生に仕事内容を説明していると、普段は適当にやっていると思っている仕事でも実は無意識に段取りを組んで仕事してたんだな~、と気づかされて我ながらあっぱれな気分になります(笑)。これぞベテランの域か!?むふふふ、またしても私の実力を見せつけてやろうではないか!と鼻息荒げてBさんにアプローチするシンペー。

「初めましてこんにちは。医療ソーシャルワーカーのシンペーです。こちらは実習生のS君です。今日は私たちの自己紹介を含めて、この透析科でのソーシャルワーカーの役割をお話させて頂き、また私たちが何かBさんのお役に立てることもあるかもしれないので、簡単なアセスメントをさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

と始めます。

「いえ、結構です」

・・・・・え!?もしかして、いま断られた?

普段めったに断られないのでビックリ動揺してしまった私。

「あ、あの、今、お、お話されたくないってことでしょうか?」

と今一度聞いてみます。

「はい、お話したくないです」

とニコリ笑顔で答えるBさん。

あわあわわ、と心の中では叫びながらも、どうにか平静をよそって

「大丈夫ですよ。なにかサポートできることがありましたらお気軽に声をかけてくださいね」

と言ってアセスメント終了(ってアセスメントしてないけどね 笑)。

なんだか予想外の展開でちょっとショック。

「あんな風に断られる時もあるんですね」とS君もちょっとショックを受けた様子。そして労りの目で私を見るS君。実習生からエンパスを受ける私は嬉しいような悲しいような情けないような複雑な気分(涙)。なんだか失敗したところを見られたようでプライド(?)が傷ついたみたいです・・・馬鹿だなシンペー!さっき「実力を見せつけてやる~!」なんてダッサイこと思ってたからだよ(笑)。しかしこのまま黙って拗ねていてもしょうがないので、ちょっと言い訳でもしてみます。

「僕も正直ビックリしちゃったけど、でも突然やってきた男2人に話しかけられてBさんも心の準備が出来てなかったのかもね。それにアセスメントなんて言葉使っちゃったから少し警戒もさせちゃったかも。言語や文化的な理由もあるかもしれないし。でもまあ、ここで色々理由を探っても真相が分かるもんでもないし、悶々としても仕方がないからとりあえず次の患者さんに会いに行こうか?Bさんとはまた次の良い機会を狙って話に行こう!」

なんてS君に言っていたら、なんだか逆に自分の気も落ち着いてきました。そうだよね、こんなこともあるさ。またBさんが透析に慣れて落ち着いたころ話に行ってみよう。それでもダメだったらその時にまた考えたらいいっか。って感じでどうにか私の威厳はとりあえず保てたのでした(って誰が言った!?)


さあ、気を入れなおして次はCさん。最近Cさんは壊死のため右足をひざから下で切断しました。透析患者さんには腎臓病に加え、糖尿病や心臓病を併発している方々が多いので、血行不良のため足先に出来た傷がなかなか癒えずに壊死し、足の指や足を切断しなければいけないケースが多々あります。Cさんも同様の理由から2ヶ月ほど前に切断手術を受けました。手術前に私はCさんにカウンセリングを行い切断手術に対する思いや悩みを聞き、切断後に起こりうる生活への支障を話し合い、問題解決を図るための働きかけを行いました。手術も無事に行われ、2週間ほど前にCさんはリハビリ病棟から自宅へと退院しました。感情的な面と生活機能的な面との両方でのサポートが必要かもしれないCさんのケースは、S君に医療ソーシャルワークの仕事の本質を学んでもらう願ってもない機会です。私は早速Cさんにアプローチします。

「Cさんお久しぶりです。先日退院されたと伺ったので、いかがお過ごしかと思いやってきました。ちなみにこちらは実習生のS君です。これから3ヶ月間一緒に働きますのでよろしくお願いいたします」

「あ、よろしく。私は、まーなんとかやっていますよ」

「退院後なにか困った事とか、辛い事とかありませんか?」

Cさんは私の質問に何か考えているような様子でしたがS君をチラリと見ると、

「うん、まー大丈夫。なんとか友達の助けを借りて頑張ってるよ。気にかけてくれてありがとう」

と言うと目を閉じてしまいました。

あらら、Bさんに続きCさんも今日はそっけないな~。前回はもっと色々話してくれたのにな~。やっぱり私と実習生の2人にアプローチされて緊張したかなCさん?まだまだ右足を失った悲しみから癒えてるわけもないから、2人の前で感情的になるまいと話を短く切ったのかもね・・・と私は思いました。それを察したのかS君、

「僕も何か言ったほうが良かったでしょうか?ただ黙ってCさんを見ていたからBさんもリラックスできなかったかもしれませんね」

とナイス洞察力!さすがS君。あ、そうだ!私はいいことを思いつきました。

「せっかくだからS君、また来週Cさんの様子見に来てみない?今度はS君一人で?」

「え、大丈夫ですか僕一人で?」

「一対一だったらCさんもリラックスできるかもよ。もし不安だったら私も遠くから様子みていてあげるからさ」

そう言ってみると

「はい!やってみます!」

と元気のよい素晴らしい返事。

こんな風にやる気のあるところに好感がもてるS君。私が実習生だったら「あの、あの、それはまだちょっと無理です」と怖気ついていたことでしょう。いやいや今だってBさんに「いえ、話したくありません」って言われてショックを受けたばかりなのに。でもこういうやる気満々でチャレンジ精神旺盛な実習生を見ると、なんだか私まで元気になって、さっきの「かっこ悪とこ見せちゃったかも・・・」なんて弱気になっていた気分も吹っ飛ぶのでした。


その日のシャドーイングが終わり、S君にどうだった?って聞くと、「ソーシャルワーカーって患者さんとの何気ない会話の中でカウンセリングしたり、問題を読み取ったり、サポートしたり、自然な流れで支援業務が出来ているので驚きました。またBさんのように話をしたがらない患者さんに対しても、色々な理由・可能性を考え次に繋げる姿勢にも感銘を受けました。今日のシャドーイングで医療ソーシャルワークの仕事にますます興味が湧いたので、これからもどんどんシャドーイングして、また積極的に患者さんとの会話やサポートに携わっていきたいです」とのお答え。素晴らしい!なんて可愛い実習生なんだろう!と褒められて有頂天になる私。S君の言ったソーシャルワーカーって実は同僚のRさんの事かもしれないのにね(笑)。まーでもどっちでもいいんです。S君がソーシャルワーカーの仕事に興味を持ってくれたってだけで。だって私をシャドーイングした結果「こんな情けない仕事はしたくない」なんて思われたらそれこそ責任重大ですからね。


それにしても実習生を受け持って私が思ったこと、それは「かっこつける必要はない!」ってこと。え?あたりまえだって?そ、そうですよね。でも実習担当一回目で自信のなかった私には分かっていなかったんです。私自身の仕事に上手くいかないことがあったとしても「なぜ上手くいかなかったのか?」をS君と一緒に考えさえすれば、それがS君には(そして私にも)医療ソーシャルワークを学ぶいい機会になると言うことを。そう考えれば、むしろ私が失敗したほうがS君には学びの機会が増えるってことなんじゃ?とさえ思うのです。そう思ったら急に気が楽になっていつも通りに伸び伸び仕事ができるようになりましたよ(笑)。


さてその後、S君は次の週にCさんのところにお話に行きました。今度は一対一で。私は幼子をもつ父のような母のような気持ちで、Cさんのベットから遠く離れたところからS君とCさんの様子を伺います。ドキドキしたけど、5分経っても10分経ってもS君とCさんの会話が途切れません。これは大丈夫だと思って側を離れました。1時間後S君が戻ってきて「Cさんとたくさんお話することができました」と嬉しそうに言いました。私の聞いたことのない話もいっぱい聞いてきてお見事S君!そして1時間もしっかり話を聞いてもらってカウンセリングをしてもらったCさんもラッキーです!こうしてS君はCさんの担当になり、S君も自信をつけたようでした。あ~一安心。それにしてもやっぱりS君は優秀です。こんなの初めから普通はできないよ!こうして優秀な実習生S君をもったシンペーは今後どんどんS君を頼るようになり単なる怠け者の実習生担当者へと落ちぶれていくのでした(笑)


つづく


カナダでソーシャルワーカー Social Work in Canada

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1コメント

  • 1000 / 1000

  • MIO

    2024.08.25 22:49

    初めまして。日本で看護師をし、カナダでソーシャルワーカー資格取得を検討中の者です。とてもリアルな記録ばかりで非常に参考になります。お忙しいと思いますが次の更新も楽しみにしております。