難民の患者さん
皆さんもご存知の通りカナダは多民族国家です。毎年、多くの移民・難民を受け入れています。最近では、カナダ政府はシリアからの難民3万人の受け入れを表明し、私の病院の腎臓透析科でもシリアからの患者さんが少しずつ増えています。
カナダで生まれ育ったカナダ人(特に白人系の人達)は、よく移民と難民をごっちゃにして考え、今ひとつ移民と難民の違いを理解してないように思えます。しかし移民と難民とでは制度上大きな違いがあり、またこの違いは病院で働くソーシャルワーカーの仕事にも大きな影響を与えるので、移民・難民について理解を深める事はカナダの医療ソーシャルワーカーには必須事項なのです。
じゃー一体、移民と難民ってどう違うの?ってとこから改めて見ていきましょう。
まず移民ですが、移民は自らカナダに定住しようという意志を持って移住して来た人達を指します。制度上、移民にはいくつかのカテゴリーがありますが、
• Skilled Worker Class(スキルドワーカークラス)
• 投資移民
• Family Class (ファミリークラス)
の大体3つに分類することができます。スキルドワーカークラスで移民する場合は、語学、学歴、年齢、職歴、そして申請者の職業がカナダが必要としているレベルと職業ニーズに該当しているかどうかをポイント制で審査されます。ポイントが基準値以上だと移民が認められ永住権が与えられます。投資移民は、相当の資産があり、それをカナダに投資する事を条件に永住権が与えられます。そしてファミリークラスでは、カナダ人と結婚した配偶者、また兄弟や両親などの近親縁者に永住権を与えるものです。ただファミリークラスで移民した場合、配偶者の場合は3年、それ以外の近親縁者の場合は10年、呼び寄せる家族・パートナーが責任をもって経済的なサポートをする義務が生じます。この義務こそが医療ソーシャルワーカーを悩ます種になるのです。
例えば、透析科のケースで多いのがファミリークラスで移民してきた患者さんの経済問題。わりとフィリピンや中国からやって来た高齢患者さんに多いのですが、スポンサーした家族が病気になった高齢患者さんの経済援助が出来なくなるという問題です。一般的に、カナダで暮らす65歳以上の高齢者には最低月額11万円程度の年金が国から支給されます。でもファミリークラスで呼び寄せた高齢者には最初の10年間は年金が支給されません。なぜなら10年間はスポンサーした家族が経済的面倒を見るという義務があるからです。医療費は免除されるので、透析などの治療費の面倒を見る必要はないのですが、介護施設や介護サポートなどの料金は全額家族が支払わなければなりません。また当然ですが、毎月の住居費、交通費、生活費なども全て家族が10年間は面倒を見なくてはいけません。10年と言うのは長い期間ですので、両親を呼び寄せようと思った当時は羽振りが良かった家族も、3年後、5年後には失業して経済基盤を失ってしまった、なんて事もあるかもしれません。そうなったらファミリークラスで呼び寄せた家族の世話どころか、自分の世話もままならなくなります。でもファミリークラスで呼び寄せた家族には、この10年縛りが解けるまで、生活保護など一切の公共制度を利用する事が出来ないのです。
もちろん元を正せば、スポンサーした家族の責任なのですが、家族から経済援助を受ける事が出来ず途方に暮れた高齢患者さんをほっとく事も出来ません。でも医療ソーシャルワーカーがこのような患者さんに出来ることは限られていて、フードバンク(無料の食品提供サービス)や炊き出しなどコミュニティーの資源の紹介やスポンサーした家族への働きかけぐらいしか出来ないのが悲しい現実です。あとは患者さんと一緒に、この10年縛りが解けるのを待つぐらいです。このようにファミリークラスで来た移民患者さんは経済問題に直面する事が多いので、新患さんがカナダに来たばかりのファミリークラス移民だった場合など、ガッカリというか不安というか「あ~大丈夫かな?」という気持ちになって、スポンサーの家族にもついつい「10年間は生活保護も年金も下りないので、しっかりと経済的サポートをしてあげてくださいね!!!」と私の語尾も強くなってしまうのです(笑)。
さて難民の患者さんですが、難民はカナダに到着してから難民申請する場合と、難民キャンプなど現地でカナダ政府の審査を受ける場合の2通りがあります。シリアからの難民の人達はだいたい現地の難民キャンプで審査を受けて難民クラスとしてカナダに来ます。カナダに移住後は永住権や市民権を獲得しカナダに定住するのが一般的です。また難民の人達には、政府から定住援助として一時金や、生活費、住居費などが出ますが、これは一年限定で、その後は自ら生活の糧を稼ぐか、生活保護などの申請を行わなければなりません。
この一年限定の定住サポートは、正直短すぎるんじゃないかとシリア人患者さんと働く私たち医療ソーシャルワーカーは思うのです。一年の間に英語力を磨き、そして仕事を探す・・・普通に移民してきた人でも求職活動は苦労するのに、戦争で心にも体にもトラウマを負った難民の人達が一年で独り立ちするのは並大抵のことではありません。結果、多くの難民患者さんは生活保護や障害年金に頼って生活する事になるのです。ある医療ソーシャルワーカーは難民の患者さんから「シリアにいた時には戦争で命の危険にさらされたけど、カナダに来てからは経済問題で命の危険にさらされている気がする・・・」と言われたそうです。それだけ難民患者さんのカナダでの生活が楽ではないという事なのでしょう。
しかし政府が一年以上の定住サポートを難民に出せない理由の一つに厳しい世論があります。昨今のアメリカと比べると、カナダはまだ比較的難民受け入れへの世論の支持はあるのですが、しかし難民への社会保障の提供には抵抗を持っている人が多くいます。その根底には「不公平だ」という一般市民の思いがあるからです。住宅難の中、市営住宅が難民に優先的に与えられたり、一時金が与えられたり、手厚い定住サービスに、少ない生活保護で生活するカナダ人やファミリークラスで10年縛りに苦しめられている移民の人達が不公平感を感じてしまうのも仕方が無いところもあります。ここに難民受け入れの難しさがあります。また難民の人達も、思い描いていたカナダでの生活と現実の生活とのギャップにガッカリすることも珍しくありません。シリアからカナダに着いたばかりの患者さんに「透析に通うために車が必要だから、政府に車を手配するようお願いして」と頼まれた事があってビックリした事がありました。また「私は難民だから腎臓移植も優先されるはずだ」と公言する患者さんもいました。これは一部の患者さんの話なので、もちろん全ての難民患者さんに当てはまるわけではないのですが、どうやらカナダの医療福祉制度に過剰な期待をもっている難民の人達が多いように思えます。
このような期待と現実のギャップは、医療職員の難民患者さんへの偏見に繋がってしまう場合もあります。上記の例では、透析科の職員から「過剰要求の患者さん」のレッテルが貼られ「難しい患者さん」だというイメージが付いてしまいました。またもう一つの問題としてコミュニケーションの問題があります。難民の患者さんのほとんどは英語が話せない状態でカナダに移住してくるので、医療従事者と上手くコミュニケーションがとれません。通訳も付ける事が出来るのですが、週三回の透析治療に毎回通訳を付けるわけにもいかず、結果的に難民患者さんの悩みや苦痛を聞く機会は一般の患者さんよりも少なくなってしまうのです。また医療従事者も難民患者さんの人となりを知る機会がないので、難民患者さんに対するネガティブなイメージや偏見を持ちやすくなってしまいます。
こういう環境で医療ソーシャルワーカーとしては、出来る限り通訳者を介してコミュニケーションを難民患者さんと交わし、難民患者さんの悩みや生活環境を把握し、また難民患者さんにもカナダの社会・医療制度を理解してもらう手助けをしなければいけません。また医療チームにも積極的に難民患者さんの事情を知ってもらい、難民患者さんに対する偏見をなくす努力をするのも医療ソーシャルワーカーの仕事です。と言っても実際は難民患者さんと上手く意思疎通を図る事は難しく、難民患者さん自身も上手くカナダ社会に適応できないフラストレーションもあるので、時には険悪なムードになることも少なくありません。それでも、難民患者さんが少しずつ英語を覚え、医療職員や他の患者さんと会話できるようになると、患者さんも医療職員もお互いにお互いを理解できる事で関係も落ち着いてきます。また難民患者さん自身も、自分の意志を伝える術を身につけると、日に日に自信をつけ目に輝きを取り戻し、活き活きとした表情を見せ始めるので、私たち医療ソーシャルワーカーを嬉しくさせます。
賛否両論の難民受け入れ問題なのですが、受け入れた限りは、きちんと難民の人達がカナダで上手く適応・定住できるまでは政府が積極的に面倒を見て欲しいと私は思います。また難民への不公平感を抱かさないためにも、政府がこれを良い機会として一般市民を対象とした社会福祉制度自体にももっと力を入れて欲しいなと思う私は、やはり理想主義すぎるのでしょうか???
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