正しいと信じること

医療ソーシャルワーカーという仕事をしていると沢山の人達に頼られるようになります。それもマネージャー(上司)だったり、看護師長だったり、患者さんやその家族だったりと幅広いレベルで。そしてソーシャルワーカーになる人、なりたいと思う人は基本的に「みんなを助けたい、喜ばせたい」という人達が多いと思うんですが、かく言う私もその1人。いや、私の場合は言わば「八方美人」というか、みんなに良い格好して気に入られたいと思う、どちらかと言うと自信の無いタイプの人間なんですが、ま〜その不良な意図はともかくとして、私も多くのソーシャルワーカーのように周りの人に喜んでもらったり、助かったと思ってもらえると嬉しくなる、仕事にやり甲斐を感じるタイプなのです。しかし同時に、この「人に喜んでもらいたい」気質のソーシャルワーカー達にとっては、この沢山の人に頼られるという状況は試練でもあります。なぜなら、頼ってくる人すべてを喜ばせることは非常に難しいからです。


例えば、Aさんを助けようとしたら、それがBさんに不利益なった。じゃーBさんを助けたら、今度はCさんが不利益を被り、じゃーCさんを助けたら今度はAさんが不利益を被って、結局みんなが不利益を被る羽目に・・・なんて悲惨なケースもあり得るわけです。仲介、仲裁、調整、ってのはソーシャルワーカーの日常の仕事なのですが、でもみんなを喜ばせたい派のソーシャルワーカーには、大変ストレスのかかる作業です。だってみんなを同時に喜ばせるなんて事は滅多に出来ないから。そんな目に今日も直面した私の話を聞いてください(涙)。


私の患者さんJさんは寝たきりで、夫が在宅でヘルパーの助けを借りながらJさんの介護をしています。Jさんとその夫の2人ともできる限り長く自宅で一緒に過ごしたいと願っているので、在宅介護は大変だけど2人とも特に問題なく頑張って今のところは生活しています。ただJさんは腎臓透析の患者さんなので、週3回病院まで通院しなければいけません。寝たきりのJさんは電車や乗合バス、タクシーといった公共交通は使えないので、病院が手配した担架付きの車(バン?)を使って病院まで通っています。さてこの担架付きの車なんですが、その費用は病院が負担しています。なぜならこの車、1回利用に付きおよそ7000円くらい利用料が掛かるんです。年に数回ならともかく、週3回往復で透析に通わなかればいけない患者さんがこれを自腹で負担しようと思ったら年間で220万円くらい交通費だけで掛かってしまいます。とても普通の患者さんには払える額じゃないのですが、でも透析治療は受けなければ死んでしまうので、倫理的・人道的な側面から寝たきりの透析患者さんには病院がこの担架付きの車を手配しているのです。


でも、そんなお高いお車サービスなので、病院側も出来るだけ患者には使わせたくありません。なので病院で働く医療ソーシャルワーカーは、病院交通課マネージャーのLさんに毎回(定期的に)患者さんの担架付きお車手配の許可を貰わなくてはならないのです。私は透析科に勤めてもう5年くらいになるので、交通課マネージャーLさんとの職場での付き合いも長く、その人となりをよく知っています。Lさんはとても優しく物腰の柔らかい人で、頼まれた事は大抵いやな顔もせずやってくれるので、私の同僚ソーシャルワーカー達からも大変好かれています。ただ最近はコロナ禍のせいか、病院が手配しないといけない車の件数も激増し、予算不足に悩まされているみたいで、優しいLさんの表情にも段々と曇りが見られるようになりました。そしてここ数ヶ月は、医療ソーシャルワーカーにも「極力お車の手配はしないように。どうしてもと言う場合でも短期でしか許可は出せません」と厳しく当たるようになり、Lさんも大変なんだな〜と私は同情していたのでした。


そんな折、私はJさんの件で担架付きお車の使用延長許可を取ろうとLさんに連絡を取りました。いつものように「オッケーです」の言葉をLさんから期待したのですが、Lさんから帰ってきた答えは「その患者さん、寝たきりだったら介護施設に行くべきじゃないの?」でした。そこで私は「そうですね、そういう話もした事はあったんですが、Jさんも夫も2人とも在宅介護を希望していて、出来るだけ一緒に自宅で生活したいと思っているので、介護施設に行く予定はないんですよ」と答えた私。それに対してLさんは「いつまでもこんな風に病院から手配されたお車使っていれば介護施設に行きたいとも思わないでしょう」とキツめに言うので、短気な私もカッチンと反応(笑)。「でも介護施設に行ったって、透析には通わなければいけないから病院からの担架付きお車は引き続き必要になるんですよ。だったら在宅でも変わらないし、むしろ本人達の希望する通りの生活ができる今の方がいいと思いますけど、ね」と反論。するとLさんは「でも病院から近い介護施設からの送迎だったら使用料も安く済むし、交通課の予算ももっと必要な人の配車に回すことが出来るし、それに今はコロナで交通手配の優先順位もあるんだから、ぜひこちらの事情も分かってください!」と言って、でも「ま〜とにかく今回は6ヶ月分の延長は認めます」と私の要求は飲んでくれたのでした。


Lさんとの電話が終わった後、私の気持ちは・・・どよ〜ん&モヤモヤ感で一杯です。なんだかな〜、自分の求めていたものは貰ったんだけど、気が沈みます。あの優しかったLさんと口論(いや議論か?)した事にちょっとショックを受け、それにLさんの立場も分かるから、なんだか強引に要求を通したみたいで悪い気もする。でもJさんは担架付きお車の手配がないと透析行けないしな〜。でもやっぱりJさんとお車手配の件と絡めて介護施設への入居のお話をした方がいいのかな?Lさんも困っているし・・・・などなどグタグタしばらく悩んでいたのですが、私はハッと思いました。

「私は一体誰のニーズを満たすために働いているのか?」

という事に。そしてもちろん答えは・・・

「患者さんのニーズを満たすために!」

馬鹿だよねシンペーって!当たり前じゃんね医療ソーシャルワーカーなんだからさ!って思いますよね皆さんも。その通りなんですよ。

しかし、みんなを喜ばせたい、助けたいと思ってしまうタイプの人間には、肝心なとこが曇ってしまうんです。Lさんと話した後、私はLさんのニーズ、つまり「交通予算を減らさなければいけない」Lさんのニーズを満たすことが出来なかった事に罪悪感を感じ、そしてLさんの厳しい(?)反応にちょっと傷ついたのでした(だって喜ばすことが出来なかったどころか、ガッカリさせた気がして)。そうして私は、喜ばすことが出来なかったLさんの事に全意識がいってしまい、うっかりJさんのニーズ、ひいては私自信のソーシャルワーカーとしてのニーズを考えることを忘れてしまっていたのでした。


この場合の私の医療ソーシャルワーカーとしてのニーズ、それはJさんが在宅介護を受けながら透析科に通い続けるという日常を守ること。そして本人が希望するケアを提供すること。そのために私はLさんから担架付きお車手配の延長許可が必要で、その目的を今回達成することができた、少なくとも次の6ヶ月間は。そして私はJさんとこのお車手配の件に絡めて介護施設入居について話し合うことはしない。なぜなら私はJさんとその夫が希望する在宅ケアを続けさせることが一番大切だと思うから・・・・つまり私がやっている事は間違っていないし、正しい事をしているのだ!
・・・と自分の仕事を振り返って、自らを奮い立たせたのでした。


私のような八方美人型のソーシャルワーカーにとって、人を喜ばせられない、それどころかガッカリさせてしまった!なんていう状況は大変ダメージが大きく、心を大きく動揺させます。しかしそれが現実です。みんなを同時に喜ばせられれば最高だけど、ソーシャルワーカーが関わるようなケースではそんな事は稀です。誰かを喜ばせれば、誰かがガッカリする。下手をすれば皆んながガッカリすることもあります。でもそれに拘って、みんなを喜ばせなければ、助けなければ、と頑張れば頑張るほど、どんどん心も疲弊して弱ってしまうでしょう。そうならない為にも、一体自分は誰のために働いているのか?誰のニーズを満たすのが私の仕事なのか?を今一度立ち止まって振り返る必要があるのと、仮にそれで誰かと利益や意見の相違が生まれたとしても、自分が正しいと信じることを主張する事が大切であると、今回の件で私は思いました。


ただし、自分が正しいと信じること=相手が間違っている!ということでもないと私は思うのです。例えば、今回の件では、LさんはLさんの役割において正しいと信じた事を主張しただけで、ただそれが私の仕事、役割において正しいと信じた事とは違っていた、相互利益にならなかった、というだけなのです。だからLさんも正しいし、私も正しかったって事なんだと思います。で、理想としては両者ですり合わせていければいいのだけれど、それが出来なかったら、それぞれが信じる正しい事をお互いに議論して解決法を探るしかないという事なのでしょう。


・・・・・・となんだか今回は心のモヤモヤを整理するために書いた、誰向けなんだ?っていうようなお話だったのですが、でも私としてはなんだか整理できて落ち着いたような気がする。ま〜結局、仕事は仕事、プライベートはプライベートってことで、仕事場で誰かと議論(口論)したからって、それで私の人間性がどうとかこうとかって事にはならない、なってはいけないんだよねプロは!という風に、私の自信の無さをどうにかすべく、書いてみた今回の1人演説風ブログ記事。話を聞いてくれてありがとう!

おわり

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