言語の壁とソーシャルワーク
みなさんもご存知の通りカナダの公用語は英語とフランス語。でもケベック州以外でフランス語が話せるカナダ人はごくわずか。もちろん私は英語しか話せません。でも、この英語でさえカナダに住んで20年たった今でも自信がないから困りものです。カナダに来たばっかりの頃は、1年もあればバリバリのバイリンガルになれると思ってた楽観的かつ愚かだった自分。現実における語学修得の道はもっとつらく厳しい茨の道だったのです (涙)。
そんな語学の壁を抱えながらも、ソーシャルワーカーの仕事は人とコミュニケーションをとること。患者さんとの会話の途中で「あ、ここは過去形じゃなくて現在完了だった」「修飾語と名詞まちがって使っちゃった」「あれいま日本語入ってた?」と自分の英語の間違えに気が付いても、立ち止まることは出来ません。とにかく患者さんに私のメッセージが届くよう願いながら全力疾走するのみです。でも実はちょっと英語に自信がなくても患者さんとの会話はそんなに大変じゃないんです。なぜならカウンセリングの基本は患者さんの話を聞くこと・・・そうです「傾聴」です。じーと黙って聞いていれば英語話さなくてもいいもんね!ってほど簡単ではないですが、でもところどころオウムガエシしておけば大丈夫。最初は患者さんの言っている意味が分からなくても、オウムガエシをしているうちに段々と患者さんの言おうとしていることが分かってくるのです。そうしていくうちに、患者さんとの会話にも自信がついてきて、自信がついてくると不思議とぺらぺら英語が口から出てくるから不思議なものです。でも、たまにいい気になってぺらぺらしゃべってる時に、患者さんから「え?なに?」と聞き直されてしまうと、そんな自信も一気に萎んで「もしかして、発音が悪かった?」と不安になってしまい、そうなると「あ、う、え」と英語がガッチガッチに緊張してしまい、あとはもう負の連鎖です。でも、もしかしたら英語の発音とはまったく関係なく、ただ単に患者さんが聞き逃しただけかもしれないんですけどね。日本語の会話だって普通に「え?」ってやるし。でもこの自信の無さのせいで、患者さんとの会話が今ひとつかみ合わないとき、ぜんぶ自分の英語のせいだって思ってしまうのが、英語を母国語としないソーシャルワーカーの弱点かもしれません(って私だけかもしれませんが・・・)。でも、同僚と仕事の愚痴や怒りをぶちまけてる時は、英語もぺらぺら出てきて、間違えたって、相手が???ってなってもぜんぜん平気で気にせずベラベラ話が出来るのにね。やっぱり英語って不思議だ。
言語の壁は日本人ソーシャルワーカーだけの問題ではありません。カナダは移民の国。患者さんの半数以上は英語を母国語としない人たちで、中には英語がまったく話せない患者さんも多くいます。言葉が通じない環境で病気の治療を受けなければいけない患者さんの不安やストレスは相当なもので、それは英語修得に苦労してきた自分の経験を照らしてもよく理解できます。さらに、最近はシリアからの難民の患者さんもよく見かけるようになりました。PTSDを抱えながら言葉も習慣も違う国での病気治療は想像以上のストレスに違いありません。さて、言語の壁を抱える患者さんとどうソーシャルワーカーはコミュニケーションをとるのか。その答えは日本人医療ソーシャルワーカーである自分の存在に隠されています。カナダは移民の国。私のように海外からカナダに来たソーシャルワーカーや医療従事者が病院内には一杯います。私が働く血液透析科の中だけでも、フィリピン、タイ、中国、韓国、アラブ、ロシア、メキシコ、といった国々から来た医療従事者がいるので、だいたい誰かは英語を話さない患者さんと意思疎通を取ることが出来るのです。ちなみに、日本人の患者さんも何人かいるので、私の「日本語能力」が発揮される機会もあるのです。さらにうちの病院は、Provincial Language Serviceという州公営の通訳サービスと契約を結んでいるので、150以上の言語の通訳翻訳を頼むことが出来ます。それでも通訳を挟んでの患者さんとの会話は簡単ではありません。とくにカウンセリングをしたい時などは、「患者さんの心を読み取り共感する」というプロセスに第三者(通訳)が入ってしまうことで、ソーシャルワーカーと患者さんとの心の流れがスムースにいかなくてフラストレーションが溜まることもあります。しかし、片言でも英語が話せる患者さんには、こちらからも簡単な英語でマメにコミュニケーションを取る事で、やがて患者さんとrapport(心が通い合った関係)を築くことが出来ると思います。また、ぜんぜん英語が話せない患者さんでも、ジェスチャーや顔の表情を使うことで、なんとなくお互いの伝えたいことが分かり合えるときもあります。これはやはり英語を母国語としない者通しだからこそ出来ることなのかもしれません。
最後に、言語の壁とは必ずしも言葉だけで解決するものではないと思います。人間、一生懸命伝えようと思えば、大体のことは言葉がなくても伝えることが出来るんじゃないかと思います。ベトナムで国際協力をしていた時は、つたない自分のベトナム語を補うためにジェスチャーばかり使っていたので、パントマイムが上手くなりました。でも、パントマイムでも意外とコミュニケーションは取れます(ベトナムの薬局で「抗生物質をください」をパントマイムでやったときはダメだったけど)。特に医療ソーシャルワーカーの仕事は、患者と心を通わして患者の立場・悩みを理解すること。ソーシャルワーカーが相手の気持ちを理解したいという気持ちを示せば、向こうもその気持ちを読み取ってくれるはず。そんなことを多文化・多言語社会カナダで学ぶ毎日です。
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