医療ソーシャルワーカーの仕事2 病棟編
忙しい、忙しいと連呼する病棟のソーシャルワーカーたち。本当にそんなに忙しいのか?その真相はいかに!?というわけで、今回は病棟の医療ソーシャルワーカーの仕事についてです。私の働いている病院の病床数は400で、この地域の保険局内では中規模病院です。しかし特別緊急指定病院となっているので、周辺地域の重篤患者さんはまずこの病院に運ばれてきます。うちの病院は大まかに分けると、ER(緊急外来)、ICU(集中治療室)、心臓外科、神経外科、脳外科、産婦人科(母体胎児ICUを含む)、精神科、そして回復期病棟とで構成され、病棟の医療ソーシャルワーカーはそれぞれの科に配置されています。それぞれ病棟の専門科は違えど、病棟ソーシャルワーカーの仕事の共通テーマは同じです。腎臓ソーシャルワーカーの仕事が「ハンディーダートに始まり、ハンディーダートで終わる」とすれば、病棟ソーシャルワーカーの仕事は「退院手続きに始まり、退院で終わる」のです。
病棟ソーシャルワーカー同士の会話には「今日は患者さんと退院についてのケアカンファレンスが6件も入っているよー」とか「看護師長と患者さんの退院について大もめしちゃった」とか「もうどうやっても退院先が見つからない、どうすればいいんだぁー」とか、退院、たいいん、Tai-Inn、という言葉がやたらと出てきます(ちなみに英語ではdischarge)。なぜそんなに病棟ソーシャルワーカーたちは退院に苦しめられるのか?それは、カナダの医療システムに一因があるのです。
カナダの医療システムは国民皆保険の下、医療費は基本的に無料です。病院での治療費・入院費すべて税金でまかなわれ、患者さんは毎月の保険料を収める以外(BC州の場合+低所得者は免除)、お金を払う必要はありません。実に素晴らしいシステムなのですが、そこには闇も・・・それは州政府からの医療費負担が十分でないということです!!!高齢化や生活習慣病などによる疾病で、患者さんの数は毎年増え続けています。それにも関わらずここ10年以上病床数はほとんど増えていません。とくにうちの病院はひどく、一度などカナダのワースト3の病院としてメディアで大発表されたくらいです。病床不足は深刻で、病棟の通路に寝かされる患者さんも普通にいます(もちろんベットでですが・・・そういう問題じゃぁない!)。過去には、病院内のカフェテリアにまで患者さんが寝かされたこともあり大問題となりました。こんな状態なので入院待ちの患者さんも一杯で、緊急外来(ER)などいつ行っても大騒ぎです。骨折ぐらいならERの先生に診てもらうのに3時間待ちは当たり前、8時間待っても診てもらえなかったなんていう患者さんもいました。病気なのに、混雑時のディズニーランドよりも待ち時間が長いなんて、さすがカナダのワースト3だけあります。
この状態を打破すべく、病院マネージメントが考え付いた解決法は、早期退院!「とにかくなんでもいいから早く退院させろ」をモットーに、病院職員にプレッシャーをかけはじめたのです。そうなると、そのしわ寄せを食らうのがソーシャルワーカー。なぜなら早期退院を妨げる一番の理由は、社会的要因だからです。家がない、お金がない、めんどうを見てくれる家族・友人がいない、早期退院に患者も家族も大反対している、認知症を患って一人暮らしがむずかしい、病院から家までの交通手段がない、などなど、これが全部ソーシャルワーカーの責任として押し付けられるのです。病棟での医療ミーティングで聞く典型的な言葉、それは「もうこの患者さんの治療は終わったんだから、このまま退院できないと社会的入院になってしまうよ」とあたかも社会的入院が悪のようにチームから言われるのです。しかし本当にそうなのでしょうか?WHOはsocial determinant of health (健康への社会的決定要因)の重要性を唱えてます。例えば、貧困によりホームレスの人が増えれば、病気になって病院に運ばれる人の数も増えます。お金がなくて食べるものが買えなければ栄養失調になり、冬の季節は低体温症になるかもしれません。また厳しい環境下で生きていくうちに、精神疾患を患うこともあるでしょう。つまり、社会の歪はそのまま医療現場に反映されるのです。そんなこと医療現場の職員なら当然分かっているだろうと思っているところに看護師長から「この患者さん家がなくて退院させれないから、住むとこ2日以内に探しといてね!」などと言われると、カチンときて「じゃ、あなたは2日以内に家を探して引っ越すことが出来るんですか?」と言い返したくなるソーシャルワーカー(私)の気持ちもよく分かります。ただ、看護師長も意地悪で言っているわけではなく、それだけマネージメントからのプレッシャーがあるのでしょう。こんな状況なので、病棟は結構ギスギスした雰囲気になります。
それでも強引な退院手続きにソーシャルワーカーが賛成するわけには行きません。例えば、私の経験でこんなケースがありました。その患者さんは家で火事にあってしまい両手・両腕火傷のうえ、電動車いすでしか動けません。おまけに家も焼けてしまいました。そんな患者さんを看護師長が退院させると言うのです。やけどの治療が終わり、火災保険で当面のホテル代が払われるからというのが理由でした。でもOT/PTのアセスメントもなく、おまけに介護サービスの手配もないままに退院させたら、どうやって患者さんは食事や、入浴、トイレなどをしたらいいのでしょう?だいたい電動車いすだって指一本でなんとか動かせる状態なのに。せめて、作業療法士のアセスメントと介護サービスの手配が終わってから退院させたらどうでしょう?と提案したら、「ここの病棟はもう患者で満杯で、医療的に安定した患者はさっさと出して次の患者入れなきゃいけないの、あなたでも分かるでしょ?」とダメだしされてしまいました。「でも、この手の火傷の状態じゃ何も出来ないですよね。緊急事態が起きても電話もかけられませんよ。彼に何かあったときの責任とれるんですか?」とこっちも半分キレ気味に反論したところ、やっとOT/PTのアセスメントと介護サービスの手配を退院前にすることで納得してもらえました。でも、その直後に私とその患者の前で「チッ」て看護師長が舌打ちして、とっても不快な思いをさせられました。これもすべて、「早期退院」がもたらす負の一面なんですよ!!!
もちろんソーシャルワーカーだって早期退院の重要性は分かっています。入院して治療が必要な患者さんを早く病院に入れてあげなければなりません。でも、だからと言って退院環境が整ってない患者を放り出すようなことも出来ません。そのジレンマの最前線に立たされるのです。患者さんのために声を大にして不適切な早期退院に反対する医療ソーシャルワーカー。でも悲しいかな、現実は、ソーシャルワーカーの病棟医療チームでの立ち位置はあまり高くありません。ですので、往々にしてソーシャルワーカーの声が無視され、不適切な早期退院が実行されることも頻繁にあります。そのような時、ソーシャルワーカーは奥の手を使います。それは・・・患者さんに、退院したらそのままの足ですぐ緊急外来に行くよう、こっそり指導するのです。そうすると患者さんは再び入院という形になり、また一から退院手続きがやり直せます。これは反則技ですが、しかし、準備なしに早期退院させられた患者さんは遅かれ早かれまた病院に戻ってくることになるのです。介護が必要なのに、介護サービスが手配されてなかったら?体が弱ってる中、劣悪なホームレスシェルターに送られたら?通院が必要なのに、交通費の問題を解決しないで退院させたら?いずれ、退院時よりももっと体が悪くなって、こんどは前回よりももっと入院が長くなるでしょう。結局、早期退院によって病院はお金をセーブしたつもりになっていても、長期的に見れば一層お金を使う羽目になる!これが私の経験に基づいた持論です。
本来、医療ソーシャルワーカーは単なる「退院要員」ではありません。患者さんの医療に関わる社会的問題の解決をお手伝いすることで、病気の治療に専念できる環境を作り、病気を悪化させないことが医療ソーシャルワーカーの使命です。また同時に、健康に及ぼす社会的要因を病院内外で提起、啓蒙することで根本的な問題解決を図ることも大切となってきます。しかし現実は、医療予算不足の穴を埋めるための一員となりつつある病棟での医療ソーシャルワーワーの仕事。それでも、出来る限り患者さんの声を代弁しようと頑張る同僚の病棟ソーシャルワーカーを見ると、頭が下がる思いです。よって、やはり病棟ソーシャルワーカーの仕事は激務だったのでした(笑)。
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