医療ソーシャルワーカーの仕事3 精神科編
精神科ソーシャルワーカー。日本ではPsychiatric Social Workerを略してPSWと呼ばれるこの仕事。カナダでは精神保健福祉士といったような専門の資格はありませんが、精神科ソーシャルワーカーの仕事に就くにはソーシャルワーク修士号を求められることが多いです。やはり、複雑な障害や社会背景を抱えた患者さんの社会復帰を手助けするには、それなりの専門性が必要だと認識されているのだと思います。またカナダでもまだまだ精神疾患に関する偏見は根強く、精神科ソーシャルワーカーにはコミュニティに働きかけたり、家族会のようなグループワークを運営する能力も求められます。
さて、医療ソーシャルワーカーの中でも、精神科ソーシャルワークの仕事は好き嫌いがハッキリと分かれます。たぶん、どちらかというと、精神科ソーシャルワークを苦手とする医療ソーシャルワーカーの方が多いと思います。なぜなら、外部職員募集のほとんどが精神科ソーシャルワーカーの仕事だからです(内部募集で人が集まらなかった仕事が外部に行く)。なかには8ヶ月以上も募集している精神科の仕事もあったりして、その不人気ぶりが伺えます。でも言わせてください、ほとんどの医療ソーシャルワーカーの精神科嫌いは、「食わず嫌い」なのだと!
多くの医療ソーシャルワーカーは、精神科の仕事は超激務だと思っています。また、ソーシャルワーカーの中には、精神科の仕事は患者さんからの暴力の危険を伴うものだと憂慮している人もいます。でも私が精神科で働いた経験から言わせて貰えば、精神科ソーシャルワーカーの仕事のほうが、病棟ソーシャルワークの仕事よりも遥かに「楽」で「喜び」が多いと思うのです。この「楽」と言うのは、必ずしも「楽チン~!」の楽って意味ではないのですが、それでも病棟ソーシャルワーカーが抱えるような膨大な仕事量・理不尽な扱いからくるストレスから比べれば、精神科ソーシャルワーカーの仕事はもっとマイペースにすることができます(ってたまたま私がマイペースに仕事してただけかもしれませんが・・・)。
その最大の理由として、精神科におけるソーシャルワーカーの立場があります。ハッキリ言って、医療現場の中で精神科ほどソーシャルワーカーの仕事と役割を分かってくれてる所はないんじゃないでしょうか?私が初めて精神科チームカンファレンスに参加したとき、ソーシャルワーカーの発言権の大きさに大変驚きました。まず、医師がソーシャルワーカーに患者さんの社会的状況の質問をしたり、ケアプランのアドバイスを受けたりしてるのを見て、おったまげました。だって普通は、忙しく喋る医者の息つくタイミングを見計らって質問や意見を恐る恐る入れるのがソーシャルワーカーでしょ!?(って卑下しすぎか?)「ソーシャルワーカーも医療チームの一員であり、ソーシャルワーカーも自信をもって患者のケアについての意見交換できるんだ!」という当たり前のことこそ、精神科の仕事を通して私が学んだ一番大きなことです。でもこの当たり前のことが、なかなか一般の医療チームでやるのが難しいんですよね。
さて私が勤めている病院にも、精神科病棟が併設されています。病床は32床で2名の精神科ソーシャルワーカーが配置されています。うちの精神科は急性期治療病棟なので、患者さんの滞在日数も2日から6ヶ月まで幅広く、平均で6週間くらいです。統合失調症の発病・再発による妄想や幻聴、重度の鬱症状による自殺未遂・ネグレクト、また躁状態による異常行動などによって警察に保護されて措置入院となる患者さんがほとんどです。また中にはHomicidal (殺人願望)という病名(?)で入院される患者さんもいます。こんな風に書くと、精神科ってやっぱり怖そうだな・・・って思うかもしれないんですが、院内での暴力沙汰は滅多に起きません。まず第一に、妄想・幻覚などを患っている患者さんには抗精神薬による投薬療法で興奮を鎮めます。また、興奮状態が続き、職員や他の患者さんへの危害が懸念される場合には、seclusion room と呼ばれる隔離室(保護室)に入れて興奮状態が静まるのを待ちます。さらに、問題行動を起こす患者さんには警備員が付くことになっているので、精神科病棟は予想以上に落ち着いています。また、患者さんの病状によってレベル1から4まで分けられていて、レベル1なら隔離、レベル2なら病棟内隔離、レベル3で日中のお出かけオッケー、レベル4なら外泊もオッケーのように細かく決められています。また、入院患者さんの携帯電話は看護師に預けられ、入院中のインターネットへの接触は禁じられていますが(刺激を抑えるため?)、レベル2以上の患者さんへの家族・友人の面会は許されています。
精神科ソーシャルワーカーの最初の仕事は、毎朝のチームカンファレンスに参加して、患者さんの容態についての情報を得て、退院プラン、退院後のケアプランについてチームと意見交換することです。そのあと新患さんの心理社会的アセスメントをして、退院の妨げになりそうな問題(例:住宅、お金、家族関係)を調べます。また、患者さんと定期的に面会し、それぞれがもつ問題に対処していきます。予定していなかった措置入院のため、不自由をしている患者さんの手助けするのもソーシャルワーカーの仕事です。精神科で働いていたときは、患者さん家の犬の保護、警察が入った際に逃げ出したペットのカナリアさがし、真夏の車に放置されたキムチ瓶の保護(放っておくと爆発する!)、ゴミ屋敷の状況検分などなど、病院から出られない患者さんの手となり足となったものです(笑)。でも、こういう予想外な仕事が舞い込んでくるのが、精神科の楽しいところでもあります。ただメインの仕事はやはり、病棟ソーシャルワーカーと同じく、退院手続きのお手伝いであり、退院が最終的なゴールとなります。ただ精神科の患者さんの平均入院日数は長いので、ゆっくりじっくりと一つ一つの問題に対処できるのが、精神科ソーシャルワーカーの利点です。またその間に、カウンセリングなどを通して患者さんとの関係を築く機会もあるので、より深く患者さんの事情を知ることも出来ます。ここが病棟ソーシャルワーカーと比べて、仕事が比較的楽で喜びを得やすいと思う点です。
ただ、精神科ソーシャルワーカーにとっても退院手続きは一筋縄ではいきません。まず一番の問題が住宅問題です。唯でさえ少ないバンクーバーの住宅。精神疾患への社会的偏見がある中で、患者さんの住むところを見つけるのは容易ではありません。精神疾患が重篤な患者さんは、Tertiary Care Facilityと呼ばれる閉鎖施設に送られますが、Tertiary Care Facilityはどこも一杯で、入居できるまでに何ヶ月も精神科で待たされることになります。また、薬の管理や日常生活への支援が必要な患者さんにはグループホームへの転居を勧めますが、これもまたグループホームの空きが出るまで待たなければなりません。さらに比較的予後がよく社会的支援が必要な患者さんは、短期支援センターへ送ることになっているのですが、ここもすぐに一杯になってしまいます。だからと言って、空きが出るまで患者さんを精神科に入院させ続ければ、今度は治療が必要な患者さんが入院できなくなります・・・そうなんです、ここで精神科ソーシャルワーカーも病棟ソーシャルワーカーと同じ宿命を辿ることになるのです。
最初は理解があった精神科チームも、いつまでたっても予後の良い患者の転居先が見つからないと、「ソーシャルワーカーさん、まだ住むとこ見つからないの?なんとかならないの?ホームレス一時簡易施設でもいいから見つけてよ」ってなるのです。精神科に入院するほど病状が悪化した患者さんの引取りを拒む家族も少なくなく、また警察に保護されるきっかけがアパートでの住人との喧嘩、部屋の放火、ゴミ部屋、騒音、薬物使用だったりするので、アパートを追い出されてしまう患者さんも多数。こうなると煮詰まってしまいます。精神科ソーシャルワーカーは、地域保健所のケースマネージャーやアウトリーチワーカーなどと協力して、患者さんの住宅探しや、申し送りなどをするのですが、もうどうにもならない時は、精神科ソーシャルワーカー本人が患者を連れて直接アパート探しをすることもあります(本来は、病院外業務はしないことになっているのですが・・・)。そんな風に手塩にかけた(?)患者さんの転居先が決まったり、退院して社会復帰できる状態になったときは、それはもう大きな達成感に包まれます。また、チームからもそんな努力を認めて・褒めてもらえるのも精神科ソーシャルワーカー特有の喜びだと思います。
それにしても、やはり諸悪の根源は病床不足と住宅不足!ここまで読まれてきた皆様も、そろそろバンクーバーの現状に理解が深まってきたのではないでしょうか?本当にこれは、バンクーバーで働く医療ソーシャルワーカーを悩ます問題なのであります。
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