医療ソーシャルワーカーの仕事4 クリニック編


まだまだ続く医療ソーシャルワーカーのお仕事シリーズ。ソーシャルワーカーの仕事は基本「退院」がテーマだと言うことは、前回、前々回と私が熱く(?)語ったので、みなさんにもお分かり頂けたと思うのですが、外来クリニックでの医療ソーシャルワーカーの仕事は、この「退院」というテーマとは一線を画す特殊なものと言えます。ここでは私の外来クリニックでの経験を基に、外来クリニックでの医療ソーシャルワーカーの仕事・役割について紹介してみたいと思います。



一概に外来クリニックと言っても色々あるのですが、私が働いている保険局内のクリニックでソーシャルワーカーを置いている主なところは、心臓クリニック、癌・乳がんクリニック、プライマリ・ケア(Primary Care Clinic)、ペインクリニック、糖尿病クリニック、HIVクリニック、脳神経クリニック、産婦人科クリニック、外来外科、高齢者医療クリニック、腎臓病クリニック、難民者向け医療クリニック(New Canadian Clinic)などなど数え切れないほどあります。その中でも、私が経験した幾つかのクリニックを例にとって、一体ソーシャルワーカーが何をするのか?を説明してみましょう。



まず、それぞれクリニックの専門は違えど、そこでの医療ソーシャルワーカーの役割には一つ大きな共通性があります。それは、病気についての教育と、患者さんの病状への共感です。ソーシャルワーカーが患者さんへ教育?と思われる方もいると思います。なぜなら、そもそも患者さんは医師・看護師から病状の説明・教育を受けているからです。ただ、私を含めて皆さんにも経験があると思いますが、お医者さんとのお話って緊張しませんか?また、お医者さんの言っている意味が分からなくても、なかなか質問しにくいなと思ったことありませんか?とくにクリニックに来る患者さんは、病気の診断を受けたばかりの人も多く、例えば癌や多発性硬化症(multiple sclerosis)など難治性の診断を受けた患者さんは、精神的ショックから情報をすぐに飲み込み・理解することが出来ません。そこで医療ソーシャルワーカーの登場です。患者さんの心を労わり、精神的ショックを癒しながら、簡単で分かりやすく病状を説明し、患者さんが自分の病状を理解できるように手助けをします。また、患者さんが病気に関して分からないこと、聞きたいと思うことを医師に伝える仲介者の役割も果たします。またこれから起こるであろう病状の進行や治療に対する患者さんの予期不安を受け止め、予期不安・心配にとらわれずに日常生活を送るためのテクニックやアドバイスをするのもソーシャルワーカーの主な仕事です。つまりクリニックでの医療ソーシャルワーカーには、病気についての知識と認知行動療法などの心理カウンセリングの知識が必要となるのです。



ただ、病気についての知識と言っても、医師や看護師が学んだような医学的な知識が必要というよりは、医療従事者でない人にも分かるように「普通の言葉」で病気について伝えられる知識・技術が医療ソーシャルワーカーには求められます。医療チームの中でソーシャルワーカーが唯一、医療専門知識を主として学んでいないプロフェッショナルなのですが、それにコンプレックスをもつ必要はないのです。なぜならソーシャルワーカーが分からないと思う医療知識は、患者さんにも分からないのです。つまりソーシャルワーカーが医療チームの中で一番患者さんに近い位置にいるということです。だからこそ、ソーシャルワーカーは「普通の言葉」を使って、患者さんが自分の病気について理解を深めるための手助けが出来るのです。



それでは実際のクリニックでの仕事を例にあげていきましょう。



乳がんクリニック

このクリニックは、乳がん患者さんが最初に乳がんの告知を受けるところです。ソーシャルワーカーは告知される患者さんのケアカンファレンスに同席し、患者さんが受ける精神的ショックを受け止めます。また、告知を受けた患者さんの多くはショックで頭が真っ白になってしまうこともあるので、根気よく「いまお医者さんに受けた説明の中で、難しいな?よく分からなかったな?というところはどこでしたか?」「いま説明を受けたことを、確認のために、ご自身の言葉で説明していただけますか?」「先生、OOのところ、私もよく分からなかったので、もう少し具体的に説明していただけますか?」という感じで、出来る限り患者さんが自分の病状やケアプランについて理解できるように手助けします。また、カンファレンスの後にも患者さんに付き添い、気持ちが落ち着くまでカウンセリングをします。私がここの仕事でよくミスしたのは、ティッシュペーパーを忘れたことです。なぜか、カンファレンス部屋にはティッシュペーパーが置いてないのです。でも、ショックを受けた患者さんが涙を流すことは当然あり、ティッシュがない時の間の悪さと言ったらありません。医療ソーシャルワーカーの必須アイテムとしてティッシュペイパーの携帯は外せないということを心しておいてください(って今もティッシュを忘れてしまう自分に言っております・・・)



この他の仕事として、ソーシャルワーカーは乳がん患者さんのためのセルフケア・サポートグループも運営します。乳がんについての知識を深めると共に、ストレスを軽減するためのリラクゼーション法の実践、がん患者をサポートしているNPOなどの紹介、また患者さん同士の意見交換などをします。最初の頃は、乳がんソーシャルワークを自分のような男がやるのは患者さんにとってはいかがなものか?と心配したのですが、皆さんわりと気にせず、むしろ私に乳がんについての説明や、女性特有の悩みなどをオープンに話してくれて、とても嬉しくなりました。もちろん男性には相談しずらいこともあったかと思いますが、あまり自分の性別に自意識過剰にならず仕事が出来たことは、患者さんの皆様に感謝です。ちなみに、男性でも乳がんになることはあるんですよ。



ペインクリニック

ペインクリニックは、慢性痛・疼痛に苦しむ患者さんに、主に薬物療法や神経ブロックなどの治療を施して痛みの軽減を図ることを目的としています。痛みの原因は人それぞれで、がんなどの病気によるもの、交通事故などによる外傷によるもの、また原因不明の疼痛に苦しむ患者さんも多くいます。痛みは生活の質(QOL)を著しく低下させるため、うつ病を併発する患者さんも沢山います。そのため、ペインクリニックには専門医、看護師、ソーシャルワーカーの他に、臨床心理学者(Clinical Psychologist)も配置されています。


ペインクリニックの患者さんの相談にのる中で、痛みというのは必ずしも体から来るものではないのかも?と思うようになりました。それというのも、原因不明の疼痛に悩む患者さんには、過去に心理的トラウマを負っているケースが結構あるからです。また、原因が分かっている痛みでも、心理状態によって痛みの状態が大きく変わることも分かりました。ペインクリニックでのソーシャルワーカーの仕事は、患者さんへの痛みへの共感と、そして過去のトラウマについてじっくりと話を聞くことです。



ペインクリニックでは事前にソーシャルワーカーとの予約を入れ、一回の面会は60分単位で行われ、プライベートルームも用意されるので、ソーシャルワーカーの仕事としては「高待遇」です。ただ、60分間患者さんの心理的トラウマを聞くのはなかなか精神的にキツイ時もあります。とくに、5人の患者さん連続で、過去に受けたDVの話、子供の頃の虐待された経験、自殺未遂の話などを聞くと、一日の仕事が終わった後などドッと疲れます。Secondary Trauma(二次的外傷性ストレス)の危険性を感じたのはこの仕事が初めてでした。二次的外傷性ストレスとは、トラウマを受けた人の話を聞き、共感することで、トラウマを負ってない聞き手までが外傷性ストレス障害を負ってしまうことを言います。それほど、ペインクリニックの患者さんのお話はパワフルなのです。また、ペインクリニックの患者さんには、境界性人格障害を患っている方も何人かいて、患者さんとソーシャルワーカーとの健全な(?)関係性・距離感を保つのに苦労することも頻繁にありました。また、用意されたプライベートルームの時計がなぜか私の席の後ろ(つまり患者さんからは見えるけど、私からは見えない位置)にあるので、カウンセリングを終えるタイミングが掴めなくて、毎回すごく大変でした。



ペインクリニックのソーシャルワーカーは、患者さんとのカウンセリングの他にも、マインドフルネス、瞑想、認知行動療法などを使って、患者さんの意識を痛みに集中させないトレーニングも行います。また、疼痛と心理トラウマのため、自殺願望の強い患者さんも多くいます。ですので、まずは最初のアセスメント時には必ず自殺願望があるか?そしてある場合は、どれほど真剣に考えているか?(例:いつ?どこで?方法は?)を聞きます。自殺への意志が強く、危険が差し迫ってる場合は、そのまま病院の精神科へと連れて行きます。それほど自殺への意志は強くないけれど、自殺願望がある場合は、セーフティープランを患者さんと一緒に立てます。例えば、死にたいという気持ちが強くなったとき、誰に心理サポートを頼むか?そしてその時は必ず911(救急車)を呼ぶことを患者さんに約束させて、契約書(Contract)を作ります。実際、患者さんの意志が強固ならば多分自殺を止めることは出来ません。でも少し迷いがあったり、責任感が強ければ、このセーフティープラン・契約書が自殺を止める手立てになるかもしれません。またカナダでは、MAIDと呼ばれる安楽死法案が去年から施行されたので、慢性疼痛に悩む患者さんに新たな選択肢が出来ました。今後は、ペインクリニックの患者さんとソーシャルワーカーがMAIDについて話し合い、プランを立てることも増えることでしょう。


ペインクリニックでは、ソーシャルワーカーはセラピストとしての役割が他のどの医療現場よりも求められます。医療ソーシャルワーカーは、一般的に書類業務(例:生活保護や障害手当ての申請)の多い仕事という印象もありますが(実際そうだし・・・)、でもセラピストとしての知識・能力も必要とされるのだと、ここでの業務で私は学びました。



難民向け医療クリニック (New Canadian Clinic)

私はこのクリニックでは働いたことはないのですが、ここ最近BC州が力を入れ始めた分野です。ご存知の通り、アラブの春を発端とした中東危機以来、カナダもシリア人難民を受け入れてきました。言葉も文化も医療システムも違う国で、カナダに来た難民は右も左も分からず、必要な治療が受けられないということがありました。そもそも、カナダでは病気のときは(緊急でない場合)家庭医に診てもらうことになっています。そして家庭医が必要と判断した場合のみ、それぞれの専門科へと紹介状を書いてもらえます。つまり皮膚に湿疹ができたからと行って、日本のように直接皮膚科へはいけないのです。しかし難民で来た人たちが、家庭医を見つけるのは簡単ではありません。そもそも、家庭医自体が不足しているのです。そこで難民向けの医療クリニックを立ち上げることで、医療だけでなく、医療に関わる社会的な問題(例:国民皆保険の申し込み、生活保護・障害手当ての申請、処方薬の負担免除申請)をも解決することを目的としています。ですので、ここでのソーシャルワーカーの仕事は、患者さんにカナダの医療システムについての説明、各種手当ての申請援助、難民サポートNPOとの協力などが主になります。ただ難民の多くは戦争によるトラウマ・外傷性ストレス性障害を負っていることが多いので、ここでもソーシャルワーカーは通訳を通して、カウンセリングを行うことも必要となります。



今回は「退院」という言葉がまったく出てきませんでしたね(笑)。その代わり、クリニックでの医療ソーシャルワーカーにはセラピストとして知識と役割が求められます。そのため、クリニックで働くソーシャルワーカーたちは、カウンセリングやグループワークなどに興味がある同僚が多いように思います。私もまた機会があれば、クリニックでソーシャルワークがしてみたいですが・・・その時はティシュペーパーと置時計を絶対持参します!

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