アドバンス・ケア・プラニング(ACP)ってなに?後編
アドバンス・ケア・プラニング(ACP)は尊厳のある生き方・死に方を考えるものだと前回お話しました。ACPにおける医療ソーシャルワーカーの役目は、患者さんにどんな治療を受けたいか、そして受けたくないかを考え・決断するお手伝いをするのと同時に、患者さんと一緒に、もし患者さんの意思決定能力が無くなった時に、誰が患者さんの代弁者としてふさわしいかを考え・決める作業を行うことです。そしてこの代弁者のことを「意志決定者 Medical Decision Maker」と呼びます。
さぁここで再び質問です。
なぜACPで患者さんの「意志決定者」を決める必要があるのか?
それは下記のような医療現場の現実があるからです。
今現在において、入院される患者さんの多くはACPをしていません。つまり、どんな治療を受けたい・受けたくないか、誰に自分の代弁を頼むのかを、入院するまで考えたことも、話し合ったこともない人が大多数です。もちろんこれは無理もありません。もしあなたが若く健康的だったら、どうして病気になったときのことなど考えるでしょう?私だって医療業界に入るまでは、自分の「将来の治療方針」なんて考えたこともありませんでした。しかし、医療の現場にいると、時に残酷な現実を見ることにもなるのです。
例えば、病院のER(緊急救命室)やICU(集中治療室)には日々、交通事故の患者さんが運ばれてきます。10代や20代の患者さんが意識不明で運ばれて来る事も珍しくはありません。中には予後も悪く、意識不明のまま、延命治療を行うか行わないかの決断を迫られる場合もあります。延命治療を行っても意識が戻る可能性は限りなく0%。あなたならどうします?延命しますか?しませんか?
・・・でも、あなたにはこの決断は出来ません。だって意識障害のあるあなたには意思決定する能力がないのです。では誰に決めてもらいましょう?・・・いや、これもダメです。だってあなたには話すことが出来ないからです。ではこの場合だれがあなたの延命治療に関する判断をするのでしょう?
まず私たち医療従事者が勝手に患者さんの治療方針を決めることはできません。ですから私たち医療従事者以外の誰かが決めなければいけないのです。このような時、指針となるのが法律で定められているTemporary Substitute Decision Maker (TSDM)、日本語に訳すと「臨時代行意志決定者」のリストです。これは、患者さんがACPで自分の「意志決定者」を法的に決めてない場合のみ適応で、以下の順位でその患者さんの意志決定者を決める法則なのです。
*19歳以上の成人で、患者さんと争いごとがなく、一年以内にあっている前提条件のもと
1)患者さんの配偶者(事実婚を含む)
2)患者さんの子供(生まれた順番は関係ない)
3)患者さんの両親
4)患者さんの兄弟姉妹(生まれた順番は関係ない)
5)患者さんの祖父祖母
6)患者さんの孫(生まれた順番は関係ない)
7)友達
8)結婚で生じた義理の親族
と言った順番で、「意志決定者」が決められていくのです。これを見て、皆さんの中には早くも争いの火種になりそうだと悟った方もいるかもしれません。そうなんです!これが医療ソーシャルワーカーを悩ますのです。
(↑臨時代行意志決定者のリスト)
例えば、50代独身男性が心臓発作でICUに運ばれたとしましょう。予後は悪く、意識障害があり、人工呼吸と経管栄養による延命治療を行うか否かを決めなければなりません。彼の両親はすでに他界しており、分かれた奥さんとの間に5人の子供がいます。医療ソーシャルワーカーは上記のTSDM(臨時代行意志決定者)リストに則り、患者さんの子供(全員19才以上)を呼んで医療カンファランスを開きました。医師の説明で、患者さんの意識が戻る確立は10%以下と説明を受けた患者さんの5人の子供たち。4人は延命治療をしないことを望みましたが、1人は延命治療を希望しました。さーどうしましょう?多数決で延命治療反対で決定でしょうか?
いいえ、そう簡単には決められないのです。患者さんの治療方針はあくまでも「意志決定者」の総意でなければならず、治療方針が決まるまで患者さんは生命維持装置にかけられたまま待つことになるのです。そこで医療ソーシャルワーカーの登場です。この5人の子供たちの意見を調整し、治療方針の一致を目標に、何度も何度もカンフェレンスを開いては話し合いをしなければならないのです。これが、すっごい大変です。とくに昔から兄弟の仲が悪かったりしたら、それは意志決定以前に家族問題が関わってきます。根が深くややこしい家族の争いにでも巻き込まれたら、それこそ地獄。泥沼地獄です。でも、こんなことは珍しくなりません。そんなエンドレスな家族会議が行われてる間にも、肝心の患者さんは生命維持装置を付けられたままの状態で蚊帳の外。もしこの患者さんが「延命治療を望まない」人だったら、こんなに可哀想なことはありません。この患者さんがACPで「延命治療に反対してくれる」子供の1人を自分の「意志決定者」として事前に選んでいたら、無駄な家族会議もせずに済み、兄弟同士の争いも最低限に抑えられ、そしてなにより患者さん自身が希望する尊厳のある死に方が出来たはずです。
医療ソーシャルワーカーがTSDM(臨時代行意志決定者)で悩まされるのは、家族間の争いごとだけではありません。患者さんの中には天涯孤独な人もいっぱいいます。このような患者さんが意識不明で、延命治療の判断を下さないといけなくなった時、だれを臨時代行意志決定者にすればいいのでしょう?それを探すのも医療ソーシャルワーカーの仕事になるのです。とにかく片っ端からカルテを読んで、遠くの親戚がいないか、友人がいないか、関係がある教会やNPO、だれか患者さんのことを知っている人はいないか調べます。それでも見つからない場合はPublic Guardian and Trustee と呼ばれる公的後見人・管財人事務所を使って、患者さんの縁戚を見つけてもらうことになります。それも見つからない場合は、Public Guardian and Trusteeが主導で、医療チームと相談し、患者さんの延命治療を継続するか否かを決めます。これがとてつも無く時間がかかる作業なので、当然この場合も患者さんは生命維持装置にかけられて決断を待つことになるのです。
このような例を見ていくと、いかにACPを健康なうちに決めておくことが大切かが分かると思います。例えば、家族と仲が悪くて、友達に「意志決定者」になって欲しいと思っている人は、ACPを立てて、所定の法的書類に友人が「意志決定者」である旨を書かないと、いざという時は家族に自分の治療方針を決められてしまいます。そういう意味でも、やはりACPを事前に用意しておくと言うことは大切なのです。
と言うわけで、私もACPをBC州の法的書類(Representation Agreementと呼ばれる)を使って作りました。これで万が一のときも、自分の意に沿った治療が受けられます。そしてACPを立てた私は、これで医療ソーシャルワーカーを煩わせずに済むのです(これがもっとも大切!笑)。みなさんも、この機会にACPをやってみませんか?
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