ソーシャルワーカーが教える「クレーマー」対処術


医療ソーシャルワークをしていれば、避けては通れない苦情処理業務。仕事の一環として、ソーシャルワーカーは日々、様々なタイプの「クレーマー」患者さん達と対決・・・じゃなかった、対処していかなければいけません。さてこの「クレーマー」について語る前に、そもそもクレーマーとは誰なのでしょう?苦情を言う患者さんは全員クレーマーなのでしょうか?



WikiやWeblio辞書で調べてみると、クレーマーとは執拗な苦情や言いがかりを付ける人という定義がされています。これと似た感じで、私にとってのクレーマーの定義とは、不当に、もしくは必要以上に誰かを糾弾することで自己の物理的・精神的欲求を満たそうとする人。これがソーシャルワークの仕事をしてきた中で私が導き出したクレーマーの本質です。



さてこの定義に照らしてみると、苦情を言う患者さんのすべてがクレーマーだ!と言うことには当然なりません。むしろほとんどの患者さんは、それ相当の理由があって医療ソーシャルワーカーに苦情を言うのです。そして苦情を医療ソーシャルワーカーに伝える主な目的は、問題解決の相談なのです。例えば良くある苦情のケースは:


1. 今朝ハンディーダート乗り合いバスが迎えに来なかったせいで、透析に着くのが遅れてしまったじゃないか!


2. 入院中に看護の不手際がいくつもあってすごい怖い思いをしたんだよ!


3. まだうちの母親は完全回復してないのに、どうして退院させられるんだ!


↑のような苦情は、患者さんの「腹立たしい!」という怒りの感情が先に見えるので、医療ソーシャルワーカーも最初は“あらら困ったな”と思うのですが、よくよく話をしてみれば、結局のところ患者さんはソーシャルワーカーにどうしたらいいのかを相談をしたいのです。↑の(1)と(2)のケースでは、患者さんは今後同じことが起きないようにどうすればいいのか?そして、(3)のケースでは、退院させられた場合の介護サポートはどうすればいいのか?をソーシャルワーカーに聞きたかったのです。でももちろん誰だって、予想外の事態で自分の安全・生活が脅かされたら“どうして!?”という怒りの感情が先に沸くのは当然です。短気な私にはよく理解できます。ですので問題解決を図る前に、怒りや困惑といった患者さんのフラストレーション(感情)も受け止めてあげなければ、うまく問題解決に移行することは出来ません。それでは、どのように苦情に対処するのか・・・私は以下のように患者さんの苦情を聞いています。



1)まず患者さんに気が済むまで苦情を話させる

患者さんによっては、ガガガァーという感じで感情も状況もごっちゃになって苦情を話してくる人もいますが、とりあえずは気が済むまで話させます。だいたい何回も同じ話を繰り返すことが多いので、そのうち、なんとなく苦情の本質が見えてきます。それまでは、とにかくガマン!我慢して話を聞くのです。


2)患者さんの苦情の基となった状況を、自分の言葉で整理・説明する

ただ単純に患者さんが言ったことをオウム返しするよりも、自分の言葉で患者さんの状況・苦情を整理・説明するほうが、患者さんもソーシャルワーカーがきちんと理解してくれた、理解してくれようとしていると感じます。また患者さん自身も、状況を客観的に認識することが出来ます。そしてもし自分の解釈が間違っていても、患者さんが訂正してくれるので、その結果、ソーシャルワーカーは問題の本質をきちん理解する事ができます。


3)患者さんのフラストレーション(怒り・困惑)に共感を示す

↑の状況の結果、どう患者さんが不便を強いられ、嫌な思いをしたかを自分の言葉で表します。患者さんの怒りのパワーは共感されると半減します。それは状況確認の作業(↑)と共感の結果、ソーシャルワーカーに自分の気持が理解されたという安心感が患者さん本人に生まれるからです。誰だって、人にはきちんと理解されたいと思うし、理解されると存在を認めてもらえた気がして落ち着きます。


4)解決方法を提案する

患者さんの感情が落ち着いたのを見計らって、ソーシャルワーカーが「できそうな」解決案を提示します。「できそうな」事が多ければ多いほど良いのですが、「できそうな」ことがない時だってあります。具体的な解決案がまったく見つからないときは、最終手段として患者さんには役職がある人への苦情を薦めます。例えば、看護師長、直属の上司、地域の政治家事務所、など、少なくともソーシャルワーカーよりも力のある(ありそうな)人へと苦情が廻されることで患者さんも自分の苦情が重要なものとして認識されているだという気持ちになれます。また実際、力のある人なら何か良い解決方法を見つけることが出来るかもしれませんしね。


5)約束をしない

私は患者さんに解決方法は提示しても、ぜったいに解決できるとは約束しません。人は約束を破られたときほど怒りを感じることはないからです。そして世の中に「絶対」などと言う物は存在しないのです(特にカナダの医療システムにおいては!!!)。さらに、ソーシャルワーカーに持ち込まれる苦情の多くは、ソーシャルワーカーが解決に直接関われるようなものは少なく、結局は他者の手に委ねられることになります。ですから、余計に約束などできません。ハンディーダート乗り合いバスへの苦情なんかはそのいい例です!!!


6)安易に謝らない

これはカナダの文化的背景もあるのかもしれませんが、自分の明らかなミスによって生じた苦情以外は、私は基本的に謝りません。とくにクレーマー体質が疑われる患者さんのケースならなおさらです。謝るということは、全面的な非を認めること。それも謝った人が責任を負わされるのです。ソーシャルワーカーに持ち込まれる苦情のケースのほとんどは、組織的なものか、第三者によって生み出されたものです。ですから、そもそもソーシャルワーカーが謝罪するのはお門違いなのです。また安易に謝ることは、クレーマーの要求や態度を助長させる原因にもなります。仮にも安易に誤ってしまった結果、クレーマー患者さんが「ソーシャルワーカーの○○さんは、病院の責任だって謝ったんですよ。だから、補償金を出してください」と上司や病棟部長に迫ることも十分ありえます。こんな事態になったら、ソーシャルワーカーも呼び出されてクビが飛ぶ可能性だってあるのです。そんな訳で「遺憾に思います」とは言っても決して「申し訳ありませんでした」とは言わない政治家のように、私はこの病院では絶対に謝らないのでした(笑)


7)毅然とした態度で無理な要求は聞かない

1)~6)までの対応をしていれば、大抵は患者さんとどこかで折り合いを付けることができ、苦情処理も前向きに進むのですが、患者さんによっては絶対に妥協しない、むしろ対応すればするほど口調も、態度も、要求も過激になっていく人たちがいます。この時点で、私はこのような患者さんをクレーマーとして扱います。なぜならクレーマー患者さんの目的は苦情の基となった事柄の問題解決ではなく、クレーマー患者さん本人が求める物を得る事が目的になっているからです。求めるものはお金の場合もありますが、私の経験では、多くのケースは他者に対する力、征服欲や自己顕示欲のような精神的欲求を満たすことを目的として過剰なクレームをつけているように思えます。



さて、問題解決には興味がなく、物理的・精神的欲求を満たすために執拗な苦情をつけてくるクレーマー患者さんとは、医療ソーシャルワーカーは生産的な関係を築くことが出来ません。なぜなら、医療ソーシャルワークの仕事は、患者さんへの相談業務であって、患者さんの個人的な欲を満たすのが仕事ではないからです。ですから、いかに患者さんが高圧的になってソーシャルワーカーに謝罪や、賠償、服従を求めても、それに応じる必要もないし、応じてはいけないのです。そんな要求に応じてしまえば、クレーマー患者さんの要求はさらに過剰化し、またそんな行動が正当化されてしまうのでクレーマー患者さんの為にもよくないのです。他者を恫喝したり脅迫したりする行動は、家であろうと、病院であろうと、社会であろうと許さないという事を医療ソーシャルワーカーの毅然とした態度で示さなければならないのです。



・・・とは言っても、そういう状況になった時は簡単ではありません。私にも経験がありますが、怒鳴ってる患者さんを前にすればドキドキしますし、喋る声もうわずってしまいます。そんなときは黙り込んで相手に怒鳴らせておけばいいのです。でも謝ってはいけません。そして「それは出来ません!」の一点張りで通し、相手の態度がどんどんエスカレートして危険を感じたら(精神的にも)「これ以上そのような凶暴な態度をとるのなら、これ以上お話することはできません。落ち着いたらまたお話しましょう」と静かに言って、その場を立ち去る。それしかないと私は思います。その後は上司と相談し、今後どんな風にこのクレーマー患者と対応していくのかをチーム全体で話し合って決める!というのが理想の解決法です。



もしこのようなクレーマー患者を、医療ソーシャルワーカー1人で対処させようとするような職場があったなら、そこはハッキリ言ってブラックです。おまけに、チーム一体で対処しなければ、クレーマー患者は増え続け、過剰要求が酷くなるだけです。私の透析科にも現在クレーマー患者・家族と目される人たちが5人以上はいますが、過剰要求を突きつけられる度に、透析科部長を中心に、ソーシャルワーカー、看護師長、看護師がミーティングを開き、対応を話し合い、みなが足並みを揃えて対処する。こうすることでクレーマー患者さんも、誰に苦情をつけても自分の欲しい物は得られないんだと悟り、大人しくなるのです・・・次のクレームをつけるまで(汗)。



今回は長いブログになってしまいました。でも、それだけ苦情処理の仕事は医療ソーシャルワーカーにとってストレスのかかる大変な業務なのです。おまけに避けられないし・・・(涙)


でも慣れてくれば、だんだんとコツが分かって、昔ほどボロクソ言われても傷つかなくなるのも人間の凄いところです。ソーシャルワーカーは、ベテランほど面の皮が厚くなる!

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