ソーシャルワーカーとアサーティブネス


最近、日本でもアサーティブネス(Assertiveness)について知られるようになり、様々なコミュニケーショントレーニングやセラピーに使われるようになりました。このアサーティブネス、そもそも英語(英語圏文化)から生まれた言葉なので、日本語で明確な定義をするのは、文化的背景も違うので難しいところもあると思うのですが、私の解釈では、アサーティブネスとは、相手を傷つけたり、攻めたりすること無く、相手の主張や要求に理解と尊重を示しつつも、自分の主張をきちんと表明し、自分が定めた境界線を守ること、つまり、嫌なこと、不条理な要求には従わないことではないかと思っています。



Yes/Noをハッキリ言う北米社会においては、自己主張をきちんと言うことは死活問題です。受身で自己主張が出来ない人は、そこに存在しない者として見なされ、社会から置いていかれ、なんでも後回しにされてしまいます。ただ、だからと言って他者を差し置いて自己主張ばかりし過ぎれば、その人は周りから煙たがられ、誰もいずれその人の主張を聞かなくなってしまうので、結局は自己主張が出来ない人と同じように社会から抹殺されてしまうのです。特にカナダはアメリカと違い、日本のように「出る杭は打たれる」文化も存在しているので、自己主張が強すぎて周りを黙らせてしまうような人は歓迎されません。このようなことからバランスよく自己主張できる人こそが北米社会において上手く立ち回れる、すなわち成功を収めることができるのです。そういうことからアサーティブネスが昨今注目を浴びるようになってきたのです。



さてソーシャルワーカーにとってもこのアサーティブネスは重要なスキルです。なぜならソーシャルワーカーという仕事柄、私たちはついつい「自分より他人の為に」という職業意識から、自らの境界線(許容範囲)を超えて患者さん(クライアント)と関わってしまう傾向があるからです。例えば、複数の患者さんの相談業務でバタバタしている時に、患者さんから「ちょっとソーシャルワーカーさん!悪いけど私の夫に電話して病院まで迎えに来てくれるよう言ってちょうだい」って頼まれたら、あなたならどうしますか?私だったら、(えー!?今、ちょー忙しいのに、そんなの自分でやってくれ!)と思いながらも、でも医療ソーシャルワーカーは患者さんを助ける仕事なんだから・・・と思いなおして、彼女の夫に電話してしまうかもしれません。



でもここで問題なのは、私自身も患者さんの夫に電話することに心では納得していないという点です。なぜなら、私は患者さんがその気になれば自分で夫に電話出来ることを知っているからです。結局、この患者さんになんだか良いように使われたような気がして、しかも他にも優先順位のある仕事がある中で「これって私の仕事なのか!?」という心の声が抑えられません。そうしてイライラしながらこの患者さんの要求を聞く羽目になるのです(って思ってしまうのです)。そうなんです!これこそがアサーティブネスコミュニケーションをしない事のツケになるのです。



アサーティブネスが苦手なソーシャルワーカーは、基本受動的です。患者さんから頼まれたことを嫌と言えずやってしまう。でも患者さんの要求によっては↑のように「これって私の仕事なのか!?」と疑問に思いながらもやってしまう事も多数あり、そのうち段々と患者さんにもそんな事している自分にも嫌気が差してくるのです。それは患者さんの要求が、自分の境界線(許容範囲)にどんどん入り込んできているのに、それを防ぐことが出来ないからです。



ではアサーティブネスを使うソーシャルワーカーは、どう患者さんと対処しているのでしょうか?それはベテランソーシャルワーカーから学ぶことが出来ます。先ほど例にあげた私の患者さんの電話の件では、ベテラン医療ソーシャルワーカーはアサーティブネスを使って以下のように対処します:


A. 「○○さん、電話もって来ましたよ。これで夫さんに電話かけられますね」と受動的に対処して(=電話機を渡して)患者さんに電話させる。


B. 「○○さん、お手伝いしたいんですけど今忙しくて手が離せないんです。あと20分ぐらいしたらお手伝い出来ますけど、どうします?」と相手の要求を尊重しつつ自分の境界線(許容範囲)も守る。


C. 「○○さん、お電話できる方にはご自分でお電話して頂くようお願いしているんですよ。どうかご理解のほどよろしくお願いします」と能動的に対処する。



というような感じで、幾つかの方法でアサーティブネスを使っています。どの方法が一番と言うことは無く、それぞれの患者さんにあったやり方で対処するのが効果的です。例えば、Aの方法が効かなくて、Bの方法を提示しても「今すぐ電話して!」みたいに要求された場合は、Cの方法を最終手段としてとる、というようなことも出来ます。



とにかく医療ソーシャルワーカーにとって大切なのは、「これは自分の仕事ではないんじゃないか?」「これは不当なんじゃないか?」というような患者さんからの要求を呑み続けないことです。なぜなら、そうしないと、いずれ煮詰まって燃え尽きてしまうリスクが高くなるからです。その為にも「出来ないことは出来ない!」とアサーティブネスを使って自己主張をすることが絶対に必要となるのです。



・・・なんて偉そうに言っている私ですが、私も気が弱いのでついつい「おかしいな?」と思うような患者さんやチームからの要求に応えてしまっては、後でイライラするということを繰り返しています。また一つには私が日本人であることも影響していると思います。日本のコミュニケーションではお互いに「空気を読み合う」ことで「言わなくても私の言いたいこと分かるよね?」ってな感じで、自分と他人との境界線を超受動的に引いているのですが、もちろんここカナダで「空気読んでね!」が通じるわけもなく(たまに通じる時もあるけど人による・・・)、カナダに合ったアサーティブネスを使わなければならないのが、私にとっては障壁でもあるのです。



アサーティブネスのコツは、反復練習です。とにかく何度も使うことで身についていきます。もちろん最初は苦痛です。患者さんの要求を拒否することで、争いが生まれたり、「あなたは、他のソーシャルワーカーより使えない!」と批判されたりするんじゃないかと不安と恐怖に苛まれます(そして実際そうなる時もある)。だからこそ、どこまでが自分の仕事なのか、という自らの境界線(許容範囲)をアサーティブネスを使う前に決めておかなければいけません。自分の境界線を確立してしまえば、あとはそれほど大変ではありません。だって「これは私の仕事じゃない」と自信をもって言えるからです。でも「これは私の仕事じゃない!」とそのまんま言うのは相手を傷つけ、怒らせるので、そこはアサーティブネスを使って、やんわりと、しかし、威厳をもって自己の主張を伝えることが大切となるのです。



私もまだまだアサーティブネスの反復練習が必要です。境界性人格障害の患者さんやクレーマー患者さんには、だいぶきちんとアサーティブネスを使って自己主張が出来るようになってきたのですが、穏やかで優しいおじいさんやおばあさんの「不当要求」にはついつい呑みこまれてしまうのです。いい人の頼みほど断るのが辛いことはありません・・・でも一貫性がないのもトラブルの元となるので、ここは心を鬼にして、すべての患者さんにアサーティブネスを使って自己主張できるよう、これからも頑張りたいと思います。応援よろしく 笑!

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