医療現場における「ズル休み」の大切さ


私の職場では最初の5年間は毎年4週間の有給休暇、そして5年目以降は1年ごと1日有給休暇が増えていきます。有給休暇は次の年に繰越できないので、毎年12月末日までには必ず使ってしまわないといけません。でもこれは、日本の多くの会社と異なり、有給休暇未消化を防いでくれるので、バケーションは旅行で過ごしたい私としては大歓迎です。さらにこの有給休暇に加え、年に20日ほど「病欠休み」が貰えます。貰えますと言っても、もちろん病気以外では使えないのですが、この「病欠休み」は使わなかった分も次の年に繰越されるので、長年働いている職員などは「病欠休み」を300日以上溜め込んでいる者も大勢います。



このように病気で有給休暇を使わなくて済むので、具合の悪い体を押して職場に行く必要がないのがここの職場の良いところです。


え?でも、あんたが病欠した分の仕事の穴は誰が埋めるんだ?



確かに、そうですよね。誰かが仕事の穴を埋めなければなりません。これこそ日本で病欠や有給休暇がなかなか取れない一大要因となっているのは皆さんご存知の通りです。「人様に迷惑をかけてはいけない」これは仕事の上では日本人の美徳であるけれど、個人においてはWell-Being(健康・幸福な状態)を妨げる足かせにもなっています。しかしカナダの医療現場では、病欠や有給休暇が取りにくい、といったような話は滅多に聞きません。それはなぜなんでしょう?それは以下の三つの点から考察できます。



まず第一に、そもそも「人様に迷惑をかけてはいけない」という美徳・道徳感が、カナダの職場では薄いように思えます。少なくとも私が経験した数々の職場では、みなさん平気で忙しい最中でも休暇や病欠を取って、ひどい時など私1人で3人分の仕事をしなければいけない時もありました。さすがにその時は仏の顔を持つ私も「ふざけるなぁ~!!!」と怒りましたが、あとから同僚たちに「そんな頑張って仕事の穴埋めなくてもいいんだよ。その穴を埋めるのはあなたじゃなくて、マネージメントの仕事なんだからさ」とサラリと言われて、ふ~んそんなもんなんだ~っと思ったのと、じゃ~私のあの努力はなんだったんだ~!っという怒りとごちゃ混ぜな気分になったものです。でも、やっぱりやらなきゃいけない仕事をほっぽらかすのって、どうなんだろう?と今ひとつ納得できない、というか罪悪感を感じるのは、それは私が日本人だからなのでしょうか?



第二に、病院では常にCasualと呼ばれる非常勤職員、スタンバイ要員を雇って、正規職員の長期休暇や病欠の際の仕事の穴埋めに備えてます。これこそ先ほど同僚が言った「仕事の穴を埋めるのはマネージメントの仕事」の意味なのです。つまり↑で私が病欠した3人の同僚の穴を埋めたのは、本来なら私の上司が非常勤ソーシャルワーカーを使って埋めるべき穴だったという事になるのです。なんだ、徒労だったわけね、とほほ・・・っと脱力感に襲われた私は、それ以来、余計な仕事の穴埋めはしないぞ!と誓ったのでした。それでもマネージメントの不手際で、休んだ同僚の仕事の穴埋めに非常勤ソーシャルワーカーが来ないような時は(ってこれが結構ある・・・わざと?予算節約?)、やっぱり同僚の仕事をやってしまうのは、これもまた私が日本人だからなのでしょうか?



第三に、医療現場には感染症を防止するという重大な任務があります。SARSやMARSといった新型感染症や、結核など空気感染するような病気の疑いのある患者さんは、拡大感染防止のため問答無用に隔離室へ入れられます。そんな中、ゴホゴホ咳をしながら38度の熱を押して働く「熱血看護師」や「熱血ソーシャルワーカー」がいたら、一体何のために患者さんを隔離してるんだ!ってことになって病院も大問題です。このような理由で、病院側も体調の悪い職員に仕事に来いと無理強いすることは出来ないのです。実際、病院で働く医療従事者は、常に感染症との恐怖に戦っています。なぜなら病院は病気を治す場所でありながら、病気を貰って来てしまう場所でもあるからです。



さてこのように、ここカナダの医療業界では割と簡単・お気軽・気兼ねなく休みを取ることが出来るということがお分かり頂けたと思います。そして体調が悪い職員が取ることの出来る「病欠休み」、そもそもどんな体調だったらこの休みが取れるの?って疑問を持つのは怠け者の私だけではないはず。そこで私なりにいろいろ調べてみたのですが、どうやら「病気」に対する明確な定義はないようです。唯一の規定は、「年間12日以上病欠をとった場合は、マネージャー(直属上司)とミーティングを開き、職場としてどのようなサポートが出来るのかを話し合う場が設けられる」というものです。まぁーこれはハッキリ言ってしまえば病院側が「ちょっとあんた病欠取りすぎなんじゃないの?本当に具合悪かったの?」と探る&脅すためのミーディングなんでしょうけど、強い医療組合の力の前ではそんなあからさま事は出来ないので、やんわりと「こっちからどんなサポートをしたら、あなたの病欠をへらせるのかな~?」という形にしたと思われます。どちらにしても、病院側からは病欠を理由に懲罰や解雇をすることは法的にも組合的にも厳しく規制されているので、病院側がこの「病欠休み」に対して出来ることは少ないのです。



そんな中、目立った体調不良はないのに「病欠休み」をとる医療従事者が多くいます。英語ではメンタルヘルスDAYと呼ばれるもので、日本語に直訳すると「ズル休み」。このメンタルヘルスDAYと言うのは、朝起きたとき「あ~今日はもう絶対仕事に行きたくない・・・精神的にいっぱいいっぱい・・・」という気分の時に取るのです。当たり前と言えば当たり前なのですが、週5日働くのは楽ではありません。そしてこれはどの仕事をする人にも当てはまりますが、病人の世話をしたり相談を聞いたりする医療職員にも毎日多くの肉体的・精神的ストレスがかかります。いつもは頑張れるのに、今日だけは絶対がんばれそうにない・・・という日、皆さんにはありませんか?そんな日も頑張って仕事に行く人がほとんどだと思いますが、「このまま頑張っていたら、いつか精神を病んでしまうんじゃないか?」なんて怖い思いをすることもあるでしょう。そして実際、そのままうつ病になってしまう人も珍しくない昨今。それを予防するためにメンタルヘルスDAYがあるのです。



正直、私、今までメンタルヘルスDAYを取ったことがないんです。取りたいな~と思ったことはしょっちゅうありますが、「それってズル休みでしょ?」っていう悪魔(それとも天使なのか?)の囁きが聞こえてきて、罪悪感のため結局は出勤してしまうのです。でも確かに最近、なんだか仕事へのやる気もちょっとづつ減ってきている気もします。もしかしたら、毎日の業務ストレスで心が疲弊してきているのかもしれません。いっそメンタルヘルスDAYを定期的に取ったほうが、精神的リフレッシュが出来て、仕事へのやる気も出るのかもしれないと思うようになり始めました。きっと「ズル休み」ことメンタルヘルスDAYを躊躇なく取れるようになった時こそ、私が身も心も芯からカナダ文化を受け入れた瞬間になるのでしょう。でも、やっぱり今はまだ、メンタルヘルスDAYを取りたくても「ズル休み!」と叫ぶ悪魔の声が邪魔をして、頑張って出勤してしまう悲しき日本人の私なのでした。



ちなみに、病院側はこのメンタルヘルスDAYを公認しているかどうかは定かではありません。ですので「わたし今日、メンタルヘルスDAYでお休みしま~す」と公言する職員は、頭の悪い人以外いません。でも個人的には、私は、このメンタルヘルスDAYに大賛成です。心だって体と同じで、調子のいい日もあれば、悪い日もあります。調子の悪い日に無理をすれば、体も心も大事に至ることだってあります。ですので、体調・心調を悪化させないためにも、「今日は絶対だめだ~」って日は休んだほうが良いのです。というわけで、私は「ズル休み」賛成派だと言うことをここに宣言します。


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