高齢者精神科病棟での実習 ☆☆☆☆☆(5星)
ソーシャルワーク学部4年次の実習は精神科でやろうと私は思っていました。かつて精神保健ソーシャルワーカーだった母親の体験談から精神保健に興味を持っていたのと、「なんだか精神科って怖そうだな」という自分自身が持つ偏見に兆戦したかったのが主な理由でした。大学から紹介されたのはGeriatric Psychiatric Unit と呼ばれる高齢者向けの精神科の病棟でした。精神科でも老人だけなら暴れても怖そうじゃないし、ボランティアで老人ホームで働いたこともあるし、これなら大丈夫そうだ~、なんてお気楽に考えて実習を始めたのでした。
実習初日、私の教育係りとなるベテラン精神科ソーシャルワーカーのGさんが患者さん達を私に紹介してくれました。まず一人目の患者さん・・・
Gさん「Mさん、彼が実習生のシンペーさんです。今日の調子はどうですか?」
Mさん「ここは地獄のような場所だよ!!!」
私 「・・・」
あらら。私を紹介してくれたGさんも、いきなりの患者さんからの強烈な一言で動揺しています。では、気を取り直して次の患者さん:
Gさん「Aさん、こちら新しく来た実習生のシンペーさんです」
Aさん「ここの患者は私みたいなクレイジーな人ばっかりなんだよ、うはははは」
私 「・・・」
私、初日からすっごく不安になってしまいました。ここでこれから3ヶ月も実習できるだろうかと家に帰ってから真剣に悩みました(笑)。でもそんな私の気持ちを察したのか、ソーシャルワーカーのGさんは優しく「驚いたかもしれないけど、治療が進むと患者さんも落ち着いてくるよ。それに、患者さんと接するうちに患者さんの性格も分かってきて、患者さんの言動にも慣れてくるから大丈夫!」と励ましてくれました。また、精神科病棟のチームの一人一人にも丁寧に私を紹介して、チームの一員として私を迎え入れようと努力してくれる姿を見て、あ~この人が教育係りをしてくれるのなら頑張れるかも!と割と単純な私は一気にやる気を取り戻したのです。
まずGさんが私に与えた任務(?)は、チームメンバーそれぞれの仕事を見学させることでした。最初の2週間は、高齢者精神科の精神科医、看護師長、看護師、薬剤師、OT(作業療法士)、グループセラピストに付いて、それぞれの仕事、そして彼ら彼女らのチームでの役割を学びました。また、チームメンバー一人一人と密着して時間を過ごすことで、実習生である私の存在もチーム内で知れ渡り、自然とチームの一員として認められるようにもなったのです(さすがGさん!)。そしてこのことがのちに私(とチーム)を救うことになろうとは、ペイペイ実習生だった当時の私には思いもよらなかったのです。
実習生の私が担当することになった患者さんは主に3人。
環境的要因(=ホームレス)でうつ病を患っているHさん
ゴミ屋敷から救い出された統合失調症のIさん
躁うつ病を患っているJさん***
Hさんのケースでは、退院後の家探しが私の役割となり、Hさんと綿密に相談しながら最終的にケアホームへの入居を決めることが出来ました。Hさんのうつは、もともと住む家を無くしたことからくる不安障害が引き金となっていたので、ケアホームが見つかってからはHさんのうつは劇的に改善し、ケアホームに入居する頃には元気な明るい笑顔を見せるようになりました。このケースから、いかに社会的・環境的要因が私たちの精神保健に影響を及ぼすのかを、私はまず学んだのでした。
その次に担当した患者さんIさんは、陽気で気さくなおばあちゃんだったのですが、病室内の彼女の引き出しは溜め込んだカフェテリアのフォークやスプーン、塩・胡椒袋、クラッカーなどの雑貨で一杯、ぐちゃぐちゃです。それもそのはず、彼女はいわゆる「ゴミ屋敷」から措置入院でこの精神科に送られてきたのです。彼女の住居が消防法違反にあたる(=火事を起こしやすい環境)ということで、OTさんと彼女の家に行って状況を調べてきたのですが、そのゴミだらけの生活環境に私は圧倒されました。足の踏み場もないほどのゴミの数。それでもIさんは、どの「ゴミ」も自分の大切な財産だから捨てないで欲しいと懇願するのです。病気とはいえ、私には「ゴミ」に見えても彼女には大切な物かもしれないんだから、確かに勝手には捨てられないよな・・・と思いつつも、彼女の安全(と近所の安全)のためにはこのまま彼女の「ゴミ屋敷」をほっとく訳にもいかないし・・・ううう、どうすればいいんだ~と私にとって初の倫理ジレンマに悩まされたケースでした。結局、私の教育係りのGさんの勧めで、Iさんの甥がIさんの持ち物を彼の倉庫に一時保管するという条件で家を綺麗にし、Iさんは退院されました。
私のこの実習で一番難しかった、でも収穫も一番大きかったケースが躁うつ病を患って入院されたIさんのケースです。彼女は最初から私にとてもフレンドリーで、悩みや相談も私に積極的に打ち明けてくれました。彼女は自分が幼少期父親に虐待されて辛かったこと、躁うつ病も長年患ってきて電気ショック療法(ECT)を30回以上やったこと、子供たちとは仲違いして疎遠であることなど、自分自身の病歴や社会背景もなんでもオープンに話してくれるので、私も自分が実習生ソーシャルワーカーとして認められたような気がして嬉しくなりました。そんな感じでIさんは毎日私と話したがり、私としても信頼関係が築けた気がして、そして何よりも自分が頼られている気がして、それほど忙しくない実習生なので、私もいそいそとその患者さんの部屋に通ったものでした。そんな私を見守っていた教育係りのGさんは、「シンペー、Iさんにはちょっと気をつけたほうが良いと思うよ。あんまり入れ込まないようにね」とアドバイスを受けたのですが、その時の私には意味が分からなくて「はい、分かりました」と適当に受け流したのでした。
そんなある日、Iさんが私のいる事務所にやって来て「ね~シンペーさん、ちょっとタバコ買ってきてくれない?」と頼みに来たのです。どうしようかと迷ったのですが、お使いは私の仕事ではないし、後でお金の件でややこしくなるのも嫌だったので「Iさんゴメンなさい。私、患者さんの買い物は出来ないんですよ、規則で」と答えると、Iさんの顔色が急に変わり「え?なんで?ただタバコ買ってくるだけじゃない!」と棘のある声で言い返してきます。「ほんと、すみません」と謝ったのですが、Iさんは「使えないわね!じゃーいいわよ!」と怒鳴って去っていきました。私はしばらく何が起きたのか分からなくて呆然としてしまいました。あれ?僕なんか悪いこと言ったっけ?やっぱりタバコ買いに言ってあげれば良かったかな・・・なんだかせっかく築き上げたIさんとの関係が壊れちゃったみたいで不安になりました。
それを見ていた教育係りのGさんが「よくやったシンペー!」と褒めてくれるではありませんか。そしてGさんは「多分あのIさん境界性人格障害患ってるから、出来ないことは出来ないってさっきみたいな感じで接したほうがいいよ」と言いました。そうして境界性人格障害についての具体例を私に教えてくれたのでした。その日から、Iさんの私に対する態度もガラリと変わり、先日まではとってもフレンドリーだったのに、私に対しても精神科のチームに対しても攻撃的になっていきました。ただIさんはOTさんには優しくフレンドリーに接していましたが。
そして事件は起きました。Iさんが「飯がまずい!看護師の馬鹿やろ~!患者Bふざけるな~!」と職員と同室の患者さんの悪口を女子トイレの鏡いっぱいに口紅で書いたのです。その他にも攻撃的な態度がどんどんエスカレートしていったので、チームミーティングでもIさんのケースが頻繁に話し合われるようになりました。看護師達がIさんの悪行(?)を話す中、OTさんだけは「IさんにはIさんなりの悩みがあるんだから、そんな風に悪口みたいに言うのはプロじゃない!」とIさんを擁護します。それを受けて今度は看護師長が「OTさん、Iさんの看護師達に対する態度見たことあるの?あんな態度はどんな理由であれ許されるべきじゃない!」と段々チームの仲まで悪くなっていきます。このままではIさん糾弾派と擁護派でチームが二分されてバラバラになってしまう・・・そう!これこそが境界性人格障害の患者さんが得意とする「操作」なのです。
人格障害の患者さんの特徴は、チームを二分させて自分の思い通りにしようと操作することだ、とGさんから教えられていた私は、なんとかチームがバラバラになるのを防ごうと、自分がIさんとのケースを通して経験したことをチームメンバーに話しました。そして「私はIさんはこのチームの仲を裂いて、Iさんのコントロール下に置こうとしてるんじゃないかと思います!」と言い切ったのです。
普段は黙ってニコニコ聞いているだけの大人しい実習生が突然↑のような事を言い切ったので、みんなビックリしてました(笑)。おまけに「チームの仲を引き裂く」なんて過激な言い回しをしたので、多分チームの人みんな「ハッ」としたんだと思います。なぜならその後すぐにみんな焦ったように「シンペー、心配しないで。みんなプロなんだから、こんなことで仲悪くならないよ」と子供に言い聞かすように言って、その後みんなで「あははは」と笑ったのです。(ふ~ん、そうならいいけど・・・)とちょっと斜めに見ていた私ですが、でもペイペイの実習生に本質を突かれてドッキリしたのか、そのあとはチームもIさんのことで揉める事はなくなりました。またその後からは、Iさんが問題を起こすたびにチームは私に意見を求めてくるようになって、どうやら私の株も上がったみたいで嬉しくなりました。
今から考えると、Gさんのお陰で実習すぐにチームの一員として認められた事が、チームでの私の発言が「Iさんによる仲間割れ作戦防止」の役に立った(?)一因なんじゃないかと思います。だって普通は、ペイペイの新人の意見になんか耳傾けないしね。そして私はこの経験を通して、ソーシャルワーカーがチームミーティングにどのように参加し、そこでどんな責任を果たさなければいけないのかを学びました。それにはGさんの影響がかなり大きく、彼がチームミーティングで冗談を言って雰囲気を和ませたり、チーム内の意見をまとめたり、そして時には患者さんのためにチームの意見とは違う見解を述べたりするのを見て、あ~ソーシャルワーカーも医療チームにおいて大きな役割を果たす事が出来るんだ!と自信と誇りを持つ事が出来たからです。そしてGさんが私に言った「ソーシャルワーカーがムードメーカーになれたチームは、チームワークも良くなる」という言葉が今も私の教示となっています。
この実習で私に医療ソーシャルワーカーとなるきっかけを与えてくれた大先輩のソーシャルワーカーGさんには感謝してもしきれません。彼はもう定年退職したのですが、今でも私が尊敬するソーシャルワーカーNo1です。よし、この調子で大学院の実習もエンジョイするぞ!と意気込んでいた私に待ち受けていた運命は、なんとも過酷なものだったのでした・・・つづく。
↑精神科実習の後、看護師さんが手作りの金メダルを私にくれて、嬉しかったぁ~
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