成年後見制度とソーシャルワーカーの役割


病院および地域で働く医療ソーシャルワーカーにとっての最優先事項は:

・成人(とくに高齢者)の虐待・ネグレクトからの保護

・子供の虐待・ネグレクトからの保護

・自殺予防

この3つだと言えます。そこで今日は近年増加傾向にある成人、とくに高齢者への虐待・ネグレクトに関わるAdult Guardianship Act (カナダBC州成年後見法)についてお話したいと思います。


まずこの成年後見法は、Adult Guardianship Actを省略してAGLとよばれます(LはLegislation 法律の略)。このAGLは19歳以上の大人が対象で、虐待やネグレクトの被害から大人を守るために制定された法律です。そして医療ソーシャルワーカーは法律でAGLの責任要員として指定されているのです。これはかなり責任ある任務ですが、このAGLを実際の現場で実行に移すのはものすごく大変なのです。


児童保護と成人保護の大きな違いは、児童保護では児童・青少年自身には自衛能力&意思決定能力)が無いという前提に立って、児童・青少年の主観に関わらず、虐待・ネグレクトが認められた場合には積極的に保護しなければいけません。つまり、子供への虐待・ネグレクトが確認された状況では、問答無用で子供の保護が義務付けられているのです。それに対し、成人保護では、自分で助けを求める能力がない成人に限って、このAGL(成年後見法)が適用されます。つまり言い換えれば、虐待・ネグレクトを受けていても、他者に助けを求める事が出来る大人には、AGLを使ってその大人を保護する事は出来ないのです。この違いが医療ソーシャルワーカーにとってAGLを適用する上で大きな障害にもなるのです。


では、そもそも大人が助けを求める能力がない状況ってどんな状況が考えられるでしょうか?いくつか挙げてみましょう。

・認知症を患っている

・寝たきりで手足を使う事が出来ない

・脳溢血の後遺症で言語能力を喪失した

・助けを求められない環境にいる(例 虐待者に身体を拘束されている)

・重度の精神疾患を患っている(*この場合はMental Health Act精神保健法が適当される)


などと言う状況が一般的にAGLのケースでは見られます。助けを求められないケースの多くは、電話で911(警察・救急車)を呼ぶ事が出来ない状況に置かれている事が殆どで、酷いケースだと肉親者によって身体を拘束され、助けを呼べない状況にさせられている場合もあります。また虐待は必ずしも身体的なものとは限らず、財政的な場合もあります(高齢者の場合はこのケースが最も多い)。


それではどのように医療ソーシャルワーカーがAGLを適応するのかをステップByステップで見ていきましょう。


1) 虐待もしくは(他者OR自己による)ネグレクトが疑われる(YESの場合↓)

2) 保護対象の成人に、認知的、精神的、あるいは身体的障害が疑われる(YESの場合↓)

3) この成人は、他者に助けを求める事ができない(YESの場合↓)

4) AGLを適用する

     A. 成人を保護してもらえる後見人がいるか探す

     B. 警察への連絡

     C. 医療チームによる保護


こんな風にAGLの適用を決めていくのですが、AGLを適用する際は、その患者さんを担当していた医療ソーシャルワーカーが中心となってa),b),c)の手続きを進めることになります。また保護対象の成人に後見人がいない場合は、Public Guardian & Trustee (公的管財人)に紹介したり、肉親による財政的虐待が強く疑われる場合は裁判所に出廷したりと、やらなければならない事は山ほどあります。また緊急を要するような場合(例:身体的虐待を受けている)は、成人を肉親には知らせず介護施設で保護する事もあります。


なかなか言葉で説明しても難しいので、具体的なケースを挙げてみましょう。


例1:Aさんのケース
一人暮らしで身寄りの無いAさん、いつもは日曜日の礼拝を欠かさないのに、この日に限って教会に来ません。心配した教会仲間がAさんの家に行ってみると、Aさんは家の中で倒れていました。


AGLの適応
病院の医療ソーシャルワーカーはAさんの回復を待って、Aさんが1人で自活して生活できるかアセスメントします。残念ながらAさんは脳溢血によって体に麻痺が残り、寝たきりになってしまいました。本人は在宅を希望しましたが、24時間看護を雇える財政的余裕はなく、また何かあっても助けが呼べないため、介護施設へと送られました。


例2:Bさんのケース
Bさんは息子と二人暮らし。貧血で病院のERに運ばれてきたBさん。Bさんの体はずいぶん汚れていて入浴をしばらくしてないようでした。また痣も身体中に見られます。認知症もずいぶんと進んでいて、自分がどこにいるのかも分からない状態です。病院にやってきた息子は、医療ソーシャルワーカーの勧めた在宅介護、ヘルパーの派遣を断り、Bさんのケアは自分ひとりで出来るからBさんを家に帰すよう主張しました。


AGLの適応
医療ソーシャルワーカーとできる限りBさんの息子とコンタクトをとり、Bさんにどのようなケアをしているのか、Bさんの財政状況はどうなのか、などなどBさんの生活環境に関する情報を集めました。その中で、医療ソーシャルワーカーは時に息子さんが酔っ払っている事、Bさんの財政状況について話をしたがらないこと、そして彼がきちんとBさんのケアをしていないことに気が付きました。この様な状況を総合的に判断して、医療チームはBさんが息子さんからネグレクト(虐待の可能性もあり)そして財政的虐待を受けていると認識し、AGLを適用、Bさんは秘密裏に介護施設に送られたのでした。


例3:Cさんのケース
Cさんは周りから通称「ゴミ屋敷」と呼ばれる、ゴミで一杯のアパートに住んでいます。近所の住人が、Cさんの部屋から煙が出ているのに気が付き、消防を呼びました。煙を吸い込んだCさんは診察を受けるため病院に運ばれてきました。


AGLの適用
Cさんは重度のうつ病を患っており、何もするエネルギーも沸かず、もう一週間以上も何もろくに食べてなかったようです。そのため自分自身のケアが十分に出来ず、セルフネグレクトの状態でした。CさんはMental Health Act 精神保健法の適用によって治療のため精神科に措置入院となりました。
このように、どのケースにおいてもAGL適用に際しては、患者さんが自力では助けを呼べない状態であることが絶対条件で、それを医療ソーシャルワーカーは医療チームと協力して証明しなければいけません。ではなぜAGLは患者さんが助けを呼べない状態であることにそんなに拘るんでしょうか?それはAGLには「人権侵害」というリスクが常に伴うらからです。


私達には基本的人権によって、思考の自由、住む所を選ぶ自由、職業を選ぶ自由、ライフスタイルを決める自由、など多くの自由が保障されています。しかしAGLにはこの基本的人権によって守られている自由を奪ってしまう側面ももっています。とくにAGLが保護成人から奪ってしまう自由の中でもっとも大きい影響を及ぼすのが「お金の自由」です。私の同僚が扱ったケースにこんなのがありました:


(同僚の患者さんDさんの例)
Dさんは毎月年金が入るたびに、そのお金の半分以上をナイロビに送っています。なぜならDさんはナイロビの「ビジネス詐欺」に引っかかって、もうすでに3000万円以上お金を騙されているのです。でも騙されたと認めたくないDさんは、その後も毎月なけなしのお金をナイロビの詐欺団に送っていたのです。Dさんの生活は苦しくなる一方で、自分の生活もままなりません。そうして毎月ソーシャルワーカーに援助を求めるのでした。


医療ソーシャルワーカーもなんとかDさんの毎月の送金を止めさせようとするのですが。Dさんは頑固に送金し続けます。またDさんの家族も説得しましたが効きませんでした。医療ソーシャルワーカーはAGLが適用できないか考えましたが、Dさんの状態は「助けが呼べる能力がある状況」だと判断して、AGLを適用する事が出来ませんでした。
ところがその後、Dさんは転んで骨盤を骨折して入院し、その事がきっかけとなって認知症を発症してしまいます。同僚のソーシャルワーカーは精神科医にDさんを診てもらい、お金を管理する能力、そして助けを求められる能力があるかどうかの判断をお願いしました。その結果、精神科医は、Dさんの認知は進んでおり「お金を管理する能力」は欠如しているものの、身体的なケアについての助けを求める能力はあると判断しました。この同僚は「お金を管理する能力は欠如」しているという診断を根拠に、Dさんの息子さんを後見人として、彼にDさんの財政面の管理を任せたのです。


これによってDさんがナイロビの詐欺団にお金を騙し取られる事を防止することは出来たのですが、Dさんは同僚ソーシャルワーカーを憎みました。なぜなら自分のお金なのに、自分ではもうどうする事も出来なくなってしまったからです。こうしてDさんにも、同僚ソーシャルワーカーにも苦い思いが残るAGLケースとなってしまいました。


このような例で分かるように、AGLの適用は慎重に繊細に注意して取り扱う必要があります。患者さん達の基本的人権を侵害しないよう、AGLを適用する際は「一番侵犯的でない(least invasive)方法を使って成人を保護するように」との一文が加えられています。それほどAGLには他人の自由を侵害してしまう力があるのです。つまりそれを扱う医療ソーシャルワーカーにもAGLを適用する際には「保護」もしくは「自由の保障」のどちらが一番患者さんの為になるのかを、何度も何度も考えなければいけない大変な作業なのです。こうした事から、毎回AGLの適用が疑われるようなケースが出てくると、私を含め多くの医療ソーシャルワーカーはドキドキしてしまうのです!

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