自殺予防におけるソーシャルワーカーの役割
医療ソーシャルワーカーをやっていれば、必ず出会うのが自殺リスクの高い患者さんとの相談ケース。私も数え切れないほど自殺願望のある患者さんと戦って(?)きたのですが、患者さんが死んでしまいたいと思う理由は様々です。病気と生きていく事の辛さで「死んでしまいたい」と思う患者さん、家族間の不仲や介護疲れで「死んでしまいたい」と思う患者さん、病気による失業そして財政難で「死んでしまいた」と思う患者さん、皆それぞれの辛さに悩み、疲れて、「死んでしまいたい」という思いが強くなるのです。
↑の「死んでしまいたい」の連発を見て、皆さんすでに「重い話だ・・・」と思われたかもしれませんが、何年ソーシャルワーカーをやっていても、患者さんから「死んでしまいたい」の一言を聞いた時のドキドキ感は無くなりません。なぜなら「死んでしまいたい」の一言だけでは、患者さんが本当に死にたいのか、それとも自分の辛さを表現する方法の一つとして「死にたい」と言っているのかが、つまり切迫度が分からないからです。もしかしたら私が同僚に話すように「この間ジムでウエイトしている時、力みすぎてオナラがぷ~って出ちゃって、恥ずかしすぎて死にたかった~」という軽い意味での「死んでしまいたい」なのかもしれません(・・・なんて軽い意味で患者さんが使うわけないだろ!)。そして実際ほとんどの場合は死ぬつもりはないけれど、辛い気持ちを分かって欲しくて「死んでしまいたい」と言ってしまう患者さんがほとんどです。しかし医療ソーシャルワーカーは患者さんの発した「死んでしまいたい」と言う言葉を簡単に受け流す事はできません。それは患者さんには本当に自殺をしてしまうリスクも高いからです。
私が医療ソーシャルワーカーとして働いてきた中で、自殺願望の強い患者さんが多かったのが精神科病棟とペインクリニックでした。精神科病棟は、そもそも自殺願望および自殺未遂で病院のER(緊急外来)に運ばれた患者さん達が送られてくるので、自殺願望の強い患者さんは常に一定数精神科病棟にはいます。カナダでは、自殺願望の強い・リスクのある人を発見した場合は警察・消防への通報が義務付けられています。そして保護された人は病院のERへ運ばれます。病院のERで診断を受け、自殺リスクが高いと判断された場合は精神科病棟へと送られます。精神科病棟に送られる理由は:1)うつ病などの自殺要因となる精神疾患の診断・治療をするため、そして2)気持ちを落ち着かせて、自殺リスクを軽減させるため、の二つが主です。そして実際、自殺願望・未遂が理由で精神科病棟に送られた患者さんは、2~3日して気持ちが落ち着くと退院していきます。精神科に入院中は、精神ソーシャルワーカーが患者さんが死にたいと思った理由を探り、それが社会的理由(例えば財政面)であった場合は生活保護や住宅確保のお手伝いをし、またそれが心理的理由(例えば仕事によるストレス、家族の不仲、など)だった場合は地域のカウンセラーを紹介し、退院後の患者さんの自殺リスクを下げる環境作りをします。
精神疾患がなく、自殺願望のみで退院された患者さんは、地域の保健所へは紹介されないので、患者さん達のその後は、精神ソーシャルワーカーには分かりません。その後、元気に立ち直って欲しいと思うのですが、5年に1度くらいの割合で、退院したばかりの患者さんがそのまま電車に飛び込んでしまった・・・なんて悲しいケースもあるのが辛いところです。しかし私が精神科で働いた経験から言えば、自殺願望で入院された患者さんのほとんどは、数日すると穏やかな表情となり、自分の日常生活に戻る事への意欲を示しはじめ、退院の日はわりと晴れ晴れとしていました(ただし、この晴れ晴れとした感じが凶と出るときもあるが・・・)。
すでに自殺リスクが診断され入院させられた精神科病棟の患者さんとの仕事とは真逆なのが、ペインクリニックでの自殺リスクのある患者さんとの仕事です。ペインクリニックは、慢性疼痛で苦しむ患者さんが、神経ブロックや薬物療法、そして心理療法を受けにくるクリニックなのですが、慢性的で完治する事のない痛みを常に抱える患者さんの苦しみは想像に難くありません。また患者さんの疼痛原因も様々なのですが、心理的トラウマが要因となって難治疼痛に苦しむ患者さんも多くいます。このようなクリニックなので、ほとんどの患者さんは自殺願望を持っています。なかにはすでに自殺未遂を何度も起こし病院に運ばれた経験のある患者さんも大勢います。
ここでのソーシャルワーク業務は、常に患者さんの自殺リスクを判断する事です。「死にたいと思う事はありませんか?」は、ペインクリニックで私が必ず患者さんに聞かなければいけない質問事項でした。そして、ほとんどの患者さんが「死にたいと思った事がある」「死にたいと思っている」と答える中、どの患者さんの「死にたい」が緊急を要するものかの判断をしなければならないのです。これ、ものすごいストレスのがかかって、精神的に消耗する仕事です。
さて、では医療ソーシャルワーカーはどうやって患者さんの自殺リスクが緊急を要するものかどうかの判断をするのでしょうか?私は以下のような質問事項を使って判断してました:
1. 今、死にたいと思っていますか?
2. どれくらい前から死にたいと考えていますか?
3. どんな風に死のうか考えていますか?
4. 死にたいという気持ちを抑えてくれる人・ものはありますか?
5. 誰か他の人に死にたい事を話したことはありますか?
6. いつ死のうか決めていますか?
とこのような自殺についての質問をいくつか聞き、どれほどの計画性があって、どれだけサポートが周りにあるのかを探ります。もしこれらの質問から、患者さんの自殺への計画が具体的で、そして自殺を止める要因(例:子供、両親、ペット)がなく、そして社会的つながりが弱い患者さんは、自殺のリスクが高く、緊急を要する介入が必要だと判断します。分かりやすくするために、ケースを例に挙げてみていましょう:
Aさんのケース
現在50歳のAさんは両親から虐待を受けながら育ちました。数年前に遭った交通事故をきっかけに、原因不明の疼痛に悩まされているとAさんはソーシャルワーカーに話しました。痛みのせいで仕事も辞め、友達付き合いも出来なくなり、一日中家に篭りきりの毎日。恋人とも毎日些細なことで喧嘩し、彼も最近Aさんの元を去っていきました。Aさんはソーシャルワーカーに今夜にでも鎮痛薬で出されているモルヒネを大量摂取して死のうと思うと話しました。また、このクリニックに来る前に、家の片付けもきちんと済まして、自分のお気に入りのネックレスも友人にあげて、気持ち的にはすごくスッキリしているとも話しました。心なしかAさんの表情はいつもより穏やかで、自殺についてソーシャルワーカーに話した後は晴れ晴れしたような雰囲気まで漂います・・・
医療ソーシャルワーカーの介入
この状況とっても危険です。計画が具体的過ぎるし、準備も万端という感じで、そしてなにより晴れやかな表情がもっともソーシャルワーカーを心配にさせます。この時点で、ソーシャルワーカーは患者さんをこのまま家に帰すのは危険だと考え、介入をします。
• Aさんの自殺についてソーシャルワーカーが心配している事を伝える
• Aさんには死んで欲しくないと言う
• Aさんに病院のER(緊急外来)に行くよう勧める
• 救急車を呼んでAさんと一緒に病院に行き、ERソーシャルワーカーに引き継ぐ
と↑のような介入がこのようなケースでは一般的です。もしかしたらAさんはこのソーシャルワーカー以外には自殺の計画は話したことが無かったかもしれません。もしかしたらAさんはこのソーシャルワーカーを信頼して、この人なら私のことが分かってくれるかもしれないと思って打ち明けたのかもしれません。ソーシャルワーカーもせっかく信頼関係を築いたのに、救急車を呼んで、Aさんを半強制的に病院に連れて行くことに罪悪感を感じ、Aさんとの信頼関係が壊れる事を危惧するかもしれません。しかし、患者さん自身もしくは関係する他者に危害が及ぶ恐れがある事態を察知したソーシャルワーカーには守秘義務を破ってまでも患者さんや関係する他者を守る義務があるのです。
さて、ここまで逼迫したケースではないものの、それでも自殺の恐れがある場合には、患者さんとSafety Plan と呼ばれるケアプランを立てます。私が自殺願望のある患者さんによく使うテクニック(?)は:
「自殺したいという気持ちは、波のように寄せて来たり引いて行ったりするものだと思うんです。その時は死にたいと思っても、後で良い事があったりしたら、あ~死なないでよかったって事もありますよね。ですから、次に死にたい!っていう気持ちがまたやって来たときは、必ず911に電話して病院に行ってください。こんなの無駄だってその時は思うかもしれないけど、あなたには後悔して欲しくないんです。だから本当に死にたい気持ちが確固としたものかどうか確かめるためにも、必ず911に電話して病院に行くと私と約束してくれますか?」
と話した後に、紙に「死にたくなった時は911に電話して病院に行きます」と書いて、患者さんに署名させて、それをコピーした控えを患者さんに渡すのです。これはSafety Contract 契約書と呼ばれる自殺防止のための一つのテクニックです。
Safety Plan &Safety Contractが効く人もいれば効かない人もいます。しかし、自殺の予防に使えそうなものはなんでも全部使って一時的・衝動的な自殺を予防に全力を注ぐのが医療ソーシャルワーカーの職務です。しかし同時に、「死を選ぶのも人の権利なんじゃないの?」という意見もあります。私もそれは難病に苦しむ患者さんの声を聞く中で実感しているのが正直な気持ちです。そんな中、カナダではついにMAID (Medical Assistance In Dying)と呼ばれる安楽死法が可決され、ペインクリニックの患者さんのように難病を抱えて苦しむ人たちにも新たな選択肢が出来ました。これにより今後は、今までの「自殺防止」一辺倒だった医療ソーシャルワーカーの介入方法・方針も大きく変わることになるでしょう。MAIDについては、またもう少し私が知識をつけてから書きたいと思います(・・・なんと言ってもまだ施行されたばかりなので 汗)。
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