児童保護における医療ソーシャルワーカーの役割
医療現場で働くソーシャルワーカーにとって児童虐待・ネグレクトというのは避けては通れない問題です。と言うのも、児童虐待が発覚するのが病院のER(緊急外来)でというケースが頻繁にあるからです。また病院のERでなくとも、患者さんとの相談業務で、患者さんがポロッと漏らした一言が児童保護のきっかけとなった、なんてこともよくあるからです。そこで今回は、医療ソーシャルワーカーはどう児童虐待・ネグレクトのケースに対処するのかをまとめてみたいと思います。
ここカナダのBC州では、The Child, Family, Community Service Act(児童、家族、地域サービス条例)という法律によって、19歳以下の児童・青少年への虐待・ネグレクトを発見した場合は警察もしくは児童福祉局へ報告することが全ての人に義務付けられています。児童福祉局には虐待・ネグレクト報告専門のヘルプラインが設けられており、24時間365日電話を受け付けています。
このヘルプラインは匿名でも受け付けており、主に以下の内容を中心に聞き取り調査を行います:
• 虐待・ネグレクト疑いのある児童の名前と住所
• 児童への差し迫った危険があるか
• どのような虐待・リスクが児童にあるのか
• 児童の家族構成
• 児童から虐待について話を聞いたかどうか
• 児童への過去の虐待歴
• 児童とかかわりのある人、学校、地域サービス
• 児童が障害を持っているかどうか
このようにして集めた情報を元に、Provincial Centralized Screening Team (BC州全域審査チーム)と呼ばれる対策チームが迅速に優先順位をつけ、地域の児童保護ワーカーおよび警察と連携して児童・青少年の保護を行っています。
一般的に児童保護と聞くと、多くの人は虐待やネグレクトを受けた子供はすぐに親元から離され保護施設や里親に引き取られる!と思うのですが、そのお陰で、児童保護ワーカーは子を持つ親からはずいぶんと恐れられています(なまはげのように 笑)。しかし現実は、よっぽど酷い虐待ケースで無い限り、そう簡単に子が親から引き離されることはありません。それにはいくつかの理由があります。
1. 不用意に親から子を引き離すのは、子供に心理トラウマを与える
2. 保護施設・里親不足
3. 保護ワーカー不足
4. 先住民(First Nations)同化政策の黒歴史からの教訓
この中でも4)の黒歴史が児童保護政策に与えた影響は大きいと私個人的には思います。1980年代後半ぐらいまでにかけて、First Nationsと呼ばれる先住民族の子供たちは、保護という名の下に、多くが非先住民系、すなわち白人系家族へと里子に出されました。しかし生まれ育った環境・文化の異なる白人系家族へと里子に出された先住民の子供たちは、白人中心のコミュニティーで差別にあったり、アイデンティティー危機に陥ったりしながら孤独化していき、多くは里親から逃げ出してホームレスになったり、薬物依存に溺れたりと大きな社会問題になりました。また、先住民の子供をサポート母体である親、親戚、コミュニティーから引き離して、キリスト教系白人家庭へと積極的に里子に出した事実は、のちに先住民族への同化政策だと批判を浴びました。
このような先住民の人たちへの「児童保護」の名を語った同化政策の黒歴史のために、未だに先住民のコミュニティーではソーシャルワーカーへ不信を募らせる住民も多く、私がかつて知り合った先住民の青年が「俺は、警察とソーシャルワーカーだけは絶対信用しない!」と何度か怒りをこめて言い放った言葉が忘れられません。そしてこの苦い経験から、BC州では保護された児童は:
1. 親に更正できる能力が認められる場合は、児童ワーカー管理の下、児童を親元におく。
2. 親に更正の余地が無い場合、親族への里子を最優先させる。
3. 親族に対象者がいない場合、児童が生活してるコミュニティーで里親を探す。
と言う風に、出来る限り児童の近親者、そして生まれ育った地域で保護する方針へと、児童保護政策は変わったのでした。その結果、一般の人が恐れるような、ソーシャルワーカーによる親からの子の引き離しは、それほど頻繁に起きているわけではないのです。むしろ、児童福祉局としては、出来る限り子供が親元で暮らせるように、社会資源を駆使して親と子にサポートを提供するというのが第一選択肢なのです。
さて肝心な、医療現場でソーシャルワーカーはどう児童虐待のケースに対応しているのか?なのですが、ここはケースをあげてみていきましょう。
(Jさんのケース)
Jさんはうつ病で精神科に措置入院しています。Jさんはシングルマザーで発達障害を持つ12歳の子供を育てていましたが、財政難、仕事でのストレス、思春期にさしかかる子供の問題行動など、解決が容易に見出せない問題の数々に押しつぶされそうになり、子供との心中を考えるようにまでなってしまいました。このままでは2人ともダメになると思ったJさんは、病院のERで自分の疲弊した精神状況と、子供を殺してしまうかもしれない気持ちを打ち明け、精神科への措置入院となったのです。そして子供は児童ワーカーに自宅で保護されました。
(医療ソーシャルワーカーの仕事)
まずはJさんの心のケアを行います。医療ソーシャルワーカーはJさんの取った行動が正しかった事を何度も強調し、Jさんの罪悪感を少しでも軽くなるようカウンセリングをしました。そして、財政面でのストレスを軽減させるために、生活保護や障害手当てなどの申請援助をしました。Jさんは子供の事をずっと気にかけていて、それがうつ状態にも影響しているので、医療ソーシャルワーカーは、担当の児童ワーカーとまめに連絡をとって、子供の様子を伝えてもらいます。
退院が近づいてくると、Jさんはこれからの子供との生活が再び不安になってきました。また再び子供を殺そうと思ってしまうんじゃないか、でも子供とは一緒に暮らしたい・・・そんな葛藤を解決するために、医療ソーシャルワーカーは児童ワーカーを病棟に呼んで三者面談を開き、Jさんと退院後のサポートについてプランを立てました。退院後、Jさんの元に子供は返され、定期的な児童ワーカーによる訪問の他、発達障害のサポートを行っているコミュニティーサービスを受けれる事になりました。
(Kさんのケース)
週三回腎臓透析に来ている患者さんのKさんは、ある日担当の医療ソーシャルワーカーに、最近、子供達が言う事を聞かなくて悪さばっかりするので、お仕置きで叩く事が多くなったと愚痴をこぼしました。
(医療ソーシャルワーカーの仕事)
まず医療ソーシャルワーカーはKさんに、BC州の法律では躾でも子供への体罰は禁止されている事を伝えました。そして法律によってソーシャルワーカーは児童福祉局へこの件を報告しなければいけない事も話しました。Kさんは、泣きながら「どうか報告するのだけはやめてください」とソーシャルワーカーに頼み込みます。ソーシャルワーカーも恐らくKさんに子供を虐待する意図はないと思ったのですが、しかし、法を無視する事もできません。そこでソーシャルワーカーはKさんに1)児童福祉局がKさんから子供を引き離す可能性は低い事、2)児童ワーカーが子育ての相談にのってくれる事、そして3)児童ワーカーがKさんの育児ストレスの軽減に役立つようなコミュニティーサポートを紹介してくれるはずだ、と言う事を、粘り強くKさんに伝え、このソーシャルワーカーは事情を児童福祉局のワーカーに話したのでした。結局、Kさんは児童ワーカーと面接を一度行い、そして必要なサポート情報を得て、この件は落着したのでした。
こんな風に、児童虐待の疑いのあるケースにおいては、児童福祉局と連携を取り合う、というのが基本的な医療ソーシャルワーカーの役割です。子供の親である患者さんが入院している場合には、児童保護ワーカーを医療チームに加えて、退院後のプランを患者さんと綿密に立てて行きます。また児童が虐待により入院している場合も、児童保護ワーカーおよび警察と連携して退院後のプランを立てます。さらに私の保険局にはHeal Clinicと呼ばれる、虐待を受けた児童専用のクリニックがあり、子供への心と体のケアを専門に行っています。ここで働いている医療ソーシャルワーカーとは知り合いなのですが、身体的・性的・心理的虐待を受けた子供と働くのは精神的にすごく大変だと話してくれました。それは親を選べず、防衛能力もない子供が不条理な暴力を受けなければいけないと言う悲しく怒れる現実に、毎日クライアントである子供たちを通して直面しなければいけないからです。
私は児童保護の現場で働いた事がまったくないので、この分野には今ひとつ疎いのですが、ソーシャルワーカーの仕事を語る上では絶対に無視できない分野です。ソーシャルワークを学ぶ学生の多くは、児童福祉の仕事に興味があるのですが、その精神的にストレスのかかる仕事内容、そしてお役所体質の児童福祉局の所為で、約3年ほどでほとんどの児童保護ワーカーが離職してしまうのが、とても残念です。そのために児童保護ワーカーは常に人手不足で、それがまた児童保護ワーカーの仕事量と離職率を上げるという負の循環に陥っています。
腎臓ソーシャルワーカーとして働く私には、ほとんど児童保護ケースを扱う機会がないのは、本当に幸いだと思います。やはり不可抗力の子供が酷い目にあっているのを見るのは、辛く耐えかねないことですし。本当に虐待など起こらない世界になればいいのになぁ・・・と思わずにはいられません。
0コメント