身寄りのない患者さんの生死問題 「Code Statusと公的管財人の関係とは?」


あらら?なんだか論文みたいなタイトルになってしまいましたが、今回のテーマはなかなか倫理が関わる面白い(?)問題です。



うちの病院では昨日、医療ソーシャルワーカー向けにPublic Guardian & Trustee (公的管財人)による医療判断に関するワークショップがありました。そこでは身寄りのない患者さんの生死に関わる医療判断を誰が行うのか?そしてそれに関する諸々の問題が話し合われました。普段は、「ワークショップって退屈なんだよな~」と感じてしまう(怠け者の)私なのですが、今回のワークショップはなかなか勉強になったので、この記事にまとめる事で私の頭の中も整理してみようと思います(笑)。



病院で治療を受ける患者さんの中には天涯孤独な人も珍しくありません。親兄弟もいなく(また縁を切っていて)、友達も皆無。独り寂しさを感じながら生きている人もいれば、誰にも邪魔されない独りの生活をエンジョイしている人もいます。今の世の中、独りでもそれなりに生きていける時代なので、本人が元気なうちはなんの問題もありません。でも!突然の事故・病で意識不明になったり、認知症になってしまったり、重度の精神疾患を患ってしまったりすると、天涯孤独でいる事へのリスクが急上昇してしまうのです。そして医療従事者にもまた大きな負担を及ぼします。



分かりやすくする為にケース事例を使って見ましょう!


天涯孤独な高齢患者さんAさん。心臓のバイパス手術を受けるため入院していたのですが、突然容態が急変!心拍停止状態になってしまいました。この患者さん事前にCode Statusと呼ばれる蘇生処置に同意するか・拒否するかの意思表示をしていなかったため、医療チームは蘇生処置の判断に戸惑います。医師は心肺蘇生をしても患者さんには有益でないと判断し、Aさんに蘇生処置・延命処置をしない方針にしたいのですが、家族も友人もいないAさんには心肺蘇生に同意もしくは拒否の意思表示をしてくれる人がいないのでした。この切迫している状況で医師はソーシャルワーカーに誰かAさんの代わりに意思表示してくれる人を早く見つけてくれと迫ります。さぁーどうしましょう?



こりゃ大変だ!って感じなんですが、病院だとこんなの日常茶飯事です。特にER(緊急外来)なんかこんなケースが頻繁に訪れます。まず↑のケースで、みなさんの中には医師がAさんへの心肺蘇生に乗り気でない事に驚かれた方もいると思います。私も病院で勤めるまで知らなかったのですが、Cardiopulmonary Resuscitation通称CPRと呼ばれる心肺蘇生は、私たちが一般に考えているほど万能ではなく、高齢者や重度の病歴を持っている人への成功率はとても低いのです。また成功率が低いだけでなくリスクも高く、仮に心拍が戻ったとしても、CPRの過程で肋骨や胸骨を折ったり、内臓に傷をつけたりした結果、寝たきりや植物状態になってしまうなどという深刻な結果を生み出す可能性も高いのです。その結果、医師はやみくもにCPR・心肺蘇生を患者さんに行う事を好みません。



その為、私の保険局ではMedical Order for Scope of Treatment通称 MOSTと呼ばれる書式を使って、医師が患者さんとCPRのリスクを話し合い、患者さんがCRPを望むか拒否するかを決めてもらい、その意志(code status)に基づき緊急時には患者さんの蘇生処置を行うかどうかを医療チームは円滑に決める事が出来るのです。医療ソーシャルワーカーが患者さんと患者さんの価値観に基づきながら延命治療に関するアドバンスケアをするならば、医師は患者さんとCPRがもたらすリスクを科学的に説明することで患者さんに延命治療に対するアドバンスケアを決めてもらうよう働きかけるのです。



さてAさんのケースに戻りましょう。Aさんはこのcode status(CPRの意思表示)をしないまま危篤状態に陥ってしまい、医師は心肺蘇生をすべきが否かをAさんに関わる誰かに決めて貰いたいと思っています。でもAさんには誰もいません。進退窮まった担当ソーシャルワーカーはPublic Guardian & Trustee (公的管財人)に相談します。と言うのも、公的管財人は身寄りのない人の医療判断を行う事が出来るからです。



ところでカナダBC州の公的管財人ってそもそも何をする人なんでしょうか?


公的管財人は、主に身寄りがなく、認知症、発達障害、精神疾患などにより意思決定能力に障害を持った人達の財政管理を行っています。またBC州のHealth Care Consent & Care Facility Admission Act (医療ケア同意と入院に関する法律?)により、患者さんを代弁して意思表示できるTemporary Substitute Decision Maker (一時的意思決定者)がいない場合に限り、公的管財人が患者さんの代わりに医療判断を下すお手伝いをします



私は今まで、公的管財人はどんな医療判断も患者さんを代弁して決めることが出来ると思っていたのですが、昨日のワークショップではそれが違うということが分かりました。公的管財人が身寄りのない意思表示できない患者さんに代わって判断できる・決定できる医療事項は:


1. 全身麻酔を使わない医療行為(例:歯科手術、放射線治療、生検)


2. 全身麻酔を使う医療行為(例:手足の切断手術、がん手術、心臓手術)


3. 薬物療法(例:抗がん剤)


の3つで、ほとんどの医療行為への判断を下す事が出来ます。公的管財人が患者さんに代わって医療行為の判断(同意)を行う場合の第一条件は、患者さんにとって一番負担が少なく、他の選択肢と同等の治療効果があるもの、を選ぶ事にあります。例えば手術と化学療法の二つの選択があった場合、どちらを選んでも同等の効果が認められる場合はリスクが少ない化学療法を、手術のほうが効果がある場合はそのリスクと効果を天秤にかけて効果のほうが大きい場合は手術を選ぶ!という風に判断します。



ただ公的管財人には、Health Care Consent & Care Facility Admission Actという法律に基づいて、身寄りのない意思表示できない患者さんに代わって判断できない・決定できない医療事項というものもあります。それは・・・:


1. Code Status (蘇生処置)に関連するもの

2. ~しない・やらないと判断すること(例:延命治療の中断、透析の中止)


・・・のこの2つ。



あらま、こりゃ大変!だってAさんのケースでは、医療ソーシャルワーカーは公的管財人にAさんの心肺蘇生の判断を決めてもらうことが↑のルールの所為で出来なくなってしまったからです!ピンチ、医療ソーシャルワーカー、いかにしてこの状況を乗り切るのか!?



危篤状態のAさんの心肺蘇生をするのかしないのか!気をもむ医師はソーシャルワーカーにプレッシャーをかけ続けます。「まだ意思決定する人見つからないの!?早くして!」ソーシャルワーカーに対する医師の声音も心なしか激しさを増していきます。困ったソーシャルワーカー、公的管財人に「一体この場合どうすれば、誰に意思決定してもらえばいいのでしょうか?」と泣きつきます。すると公的管財人からは驚きの一言が・・・



「Code Statusを決めるのは、つまりAさんの蘇生処置をするかしないかは医師のみが判断できる医療事項なんですよ。それは法律でも明確にされています」



あらま、なんということでしょう!結局は医師の一存で決めれるのでした。目からウロコのソーシャルワーカーは早速その事を医師に伝えます。これで簡単、一件落着だ~と油断したソーシャルワーカー。実はここからが修羅場だったのです(笑)。



と言うのも、全権を任せられたAさんの担当医、急に怯んでしまったのです。この担当医も入院したばかりのAさんの事はほとんど知りません。そんな知らない患者さんの生死の決定権を急に委ねられた医師は、心肺蘇生はしたくないと思いながらも、蘇生処置をしないでそのまま死なせてしまうことにも戸惑いを感じます。Aさんに家族がいれば、医師は自信をもって心肺蘇生のリスクを説明し、家族に心肺蘇生の選択をしないよう説得したはずです。でもAさんの意思決定するのが医師本人になった今、医師はどうしていいか分からなくなってしまったのです。結局この医師は、他の医師達と協議をし、最終的にAさんに心肺蘇生をしない判断をしたのでした。



このように今回のワークショップでは、身寄りもなく意思決定も出来ない患者さんの最終的な生死の決定権は医師が握るという事が分かりました。でも↑の例にあるように、医師達も自身がもつこの決定権についてはよく分かっていないようです。いや、それとも分かっているけど、自分ではこのような決定をしたくない為に、医療ソーシャルワーカーに「だれか他の人いないの?」と頼み込んでくるのかもしれませんね。確かに、医師だって人の子。知らない人の生死を自分で判断をしてしまう事には、呵責、倫理ジレンマ、自問といった心の負担を感じ、出来れば避けたいという気持ちもあるでしょう。ただ現在の法律では医師のみが持つこのCode Statusへの決定権、嫌でも受け入れなければいけないのが医師の辛く大変なところです。このような事からも、医師もソーシャルワーカーもアドバンスケアに力をいれ、出来る限り事前に、患者さんがまだ元気な時に、患者さんの希望する・希望しない治療方針(とくにCPR)を聞くようになってきたのです。これは医療従事者のみならず、治療を受ける当人である私たちにも大切なことです。尊厳ある生死を考える上で、アドバンスケア、本当に大切です。

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