悪夢の再来!?肩甲骨とうつの恐怖! つづき


前回からの続き・・・


ジッとしていられない痛みと不安感、そしてさらにはアパートのバルコニーから飛び降りたい衝動にも駆られ、悲しくも無いのに涙が止まらず大泣きする私。「これは絶対おかしい!」「このままでは大変な事になってしまう」「ここから逃げ出したほうがいい!」という心の叫びを聞き、私は電話で助けを求めたのです。



っと言ってもベトナム版119番に電話したのではありません。だって私のベトナム語はそれほど堪能ではないし、自分自身でもどうなってる???の状態を、ましてやスーパー片言のベトナム語で説明する事など不可能だからです。その代わりに、私はカナダの親友Wさんに電話をかけたのです。その頃Wさん、タイミングよくタイのバンコクに旅行で滞在していたのです。彼は年明け前にベトナムにも遊びに来ていたのですが、ちょうどそのWさんがタイに旅立った頃、私の右肩甲骨痛が発症したのです。



突然の電話にWさんビックリしていました。いや、それよりも大泣きしながら電話してきた私にビックリしたのでしょう(笑)。おまけに、「もうこのままだと~、大変な、本当にタイヘンな事になるよ~。助けてくれ~。だからバンコクに今から行くから~!!!!」と意味不明な叫びを聞いて、Wさん、さぞかし目が点になったことでしょう。それでも何時でも冷静で心優しいWさん、的確にバンコクでの滞在先とそこまでの行き方を教えてくれたのです。そこから先の事は、私はあまり記憶がないのですが、どうやら頭も心も大混乱し動揺する中、なんとか航空券の予約を済まし、その日のうちにハノイからバンコクへ飛び、そして地下鉄を乗り継いでWさんの滞在先ホテルまで行ったのでした。今から考えても、我ながらあんな状態でよくバンコクまで行けたなぁ~と、己の能力(?)に自分で自分を褒めてあげたくなります(笑)。でも、それほどまで私は必死ないっぱいいっぱいな状態だったと言うことなのでしょう。



バンコクについて次の日、私が働いていたNPO団体が指定するバンコク市内の病院で朝一番に診てもらいました。ここの病院は大きく綺麗で、どうやらここも主に外国人と富裕層を対象にした私立病院のようです。職員みんな英語が堪能なのです!私を診てくれた先生は、オーストラリアで医師免許を取ったという知的な感じのタイ人のおばちゃん先生で、私の話を最初から最後まできちんと聞いてくれました。考えてみたらベトナムの爺医は、ろくに私の話も聞かずに診断・処方してたよな~と、このおばちゃん先生に私の具体的症状を話しながら思ったのでした。



私の話を丁寧に聞くと、おばちゃん先生は「まずは今飲んでいる薬、全部見せてくれる?」と言いました。私が、爺医から貰った帯状疱疹の薬、痛め止めの薬2種類、そして抗不安薬を見せると、おばちゃんは「あら!まぁ~!?」と甲高い声を出して首を傾げます。「ね~、ちょっと背中見せてくれる?」と言うので見せると、「こりゃどう診ても帯状疱疹じゃないわね~。だからこの帯状疱疹の薬はいらないわよ!」と言うのです。さらに「あとこの痛め止め、一つは癲癇用の抗癲癇薬、もう一つはがん患者の疼痛にも使われるオピオイド系の薬なんだけど、二つとももう飲んじゃだめ!」と怒られてしまったのです。おまけに「こんな強い薬と抗不安薬を併合して飲んだら、誰だっておかしくなっちゃうわ!一体どうしてこんな薬出したのかしら?」と言って呆れられてしまう始末。むむむ、おのれベトナムのフランス人爺医~!



爺医への憎しみの火が点る私の心を知ってか知らずか、おばちゃん先生「この抗不安薬は飲んでもいいわよ。あなた今、ちょっと不安障害抱えてるみたいだし、あとで精神科医にも診てもらったほうがいいかもね。あと背中の痛みだけど、私の見立てでは筋肉痛だから、この後下の階にある理学療法科に行ってね!」と爽やかに診断を下してくださるのでした。でもこの明確な診断で、私の心は早くも落ち着いたのでした。そして言われた通りに理学療法科にも行ったのでした。



結局タイには5日間滞在し、病院の理学療法科に毎日通って、電気マッサージや温熱療法などを受けました。そのお陰で、右肩甲骨の痛みは劇的に改善したのです!って「結局、痛みは単なる筋肉痛やったんけぇ~!?」とますます爺医への憎しみが強くなった私なのですが、それだけが爺医への憎しみの原因ではないのです。右肩甲骨の痛みは改善したのに、私の不安症、ソワソワ感は一向に良くならないのです。食欲も全然なく、Wさんと夕食を食べに行っても「僕は何も食べたくないから、いらない!」などと食いしん坊の私を知っている人が聞いたらビックリするようなことを言ってしまうくらい、何にも食べたくないのです。心配したWさんに強引に食べさせられた物も、ぜんぜん味がしなくて美味しくないのです。おまけに、「飛び降りたい」衝動もまだ続いていて、Wさんに「ホテルの部屋のバルコニーの鍵ちゃんとかけといてね!」と念を押すくらい私自身が自分の行動に不安で仕方が無いのです。



そんな訳で、今や右肩甲骨よりも、一向に止まない不安感の方が深刻な問題となっていったのです。タイ滞在最終日、おばちゃん先生に「あなた、とりあえずゆっくり出来る日本の親御さんの所で休みなさい。そこで精神科の先生にも診てもらった方がいいわ」とのアドバイスを受け、タイから日本へと帰省&療養することに決めたのです。ただタイでの最終日、良い事もあったのです。それは、病院での理学療法が終わっての帰り道、ふと屋台から漂う良い匂いが私の気を引きました。それと同時にグゥ~とお腹がなったのです。「おなか減った・・・」それは一週間ぶりに私が食欲を感じた瞬間だったのです。そしてその日食べたBBQソーセージの味は一生忘れないでしょう(マジで美味かった!)。



こうしてタイでの5日間で私はずいぶんと救われ、でも身体の傷は治ったのに心の傷がぜんぜん治らない私は、さらなる救いを求めて日本へと旅立ったのです・・・つづく



え!?まだ、つづくの!?って思ったあなた!もう、ほとんど終わりに近いんですけど、でもまだもうちょっと話が続くので、今回はここまでと言う事で。改めてこの事件(?)について書いてみると私の運の悪さと、私自身がもつ性格(神経質???)が招いた事態のようにも思えるのですが、それは次回、日本での人生初精神科受診で明らかになるのでした(笑)。

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