人身売買における医療ソーシャルワーカーの役割とは?

先日、定期的に病院で開かれる医療ソーシャルワーカー向けの講習に参加してきました。その日のテーマは「人身売買」。この講習のプレゼンターは緊急外来(ER)のドクターとForensic Nurseと呼ばれる法医看護師でした。恐らく日本ではまだ存在していないこの法医看護師。まずはForensic Nurse法医看護師とは何者なのか?からお話したいと思います。



Forensic 法医という名の通り、法医看護師の役割は犯罪被害に遭った患者さんのケアをする看護師で、患者さんの体や心の傷のケアをすると同時に、必要とあれば犯罪証拠となる物証(例:体液、毛髪、裂傷跡)を集める役目も担っています。特に法医看護師が関わるケースは性犯罪、児童虐待、ドメスティックバイオレンス(DV)被害、高齢者虐待、そして人身売買といったものが多いので、法医看護師のケアをうける患者さんの大半は子供や女性です。この法医看護師、カナダの保険局にはほぼどこにでも存在し、24時間365日スタンバイしていて、地域の基点病院を中心に、しかし必要とあれば被害者のいる病院へも赴きます。私が働いている保険局にも法医看護師チームがあり、基点病院では暴力・暴行被害患者さん専門のクリニックも運営しています。このクリニックでは法医ケア以外にも、性病検査、妊娠検査、緊急避妊ピル、各種予防接種、血液検査、裂傷手当て、健康診断などの医療サービスを提供しています。



さて、この法医看護師が大きく関わる「人身売買」(英語ではHuman Trafficking)。カナダでも大きな社会問題となっています。人身売買の被害に遭う人達の多くは社会的弱者、とくに青少年、ティーンエイジャーが狙われます。親からの虐待やネグレクトから逃れるために家から逃げ出した少年・少女が、優しくアプローチしてくる大人や同年代のティーンに庇護を受け、しかし気が付くと暴力や薬物によって肉体的・精神的自由を奪われ、そして売春、薬物売人、詐欺窃盗などに従事させられ搾取されてしまう。ある研究によれば、家出した少年少女が人身売買業者の手にかかるまでの時間は72時間・・・つまり少年少女が家出をして3日以内には、人身売買の被害にあってしまうと言う恐ろしい闇がカナダには存在しているのです。そして人身売買「業者」と書いたのですが、業者とはたいていの場合、地元に根を張るギャング組織のことを指します。カナダにも反社会的勢力が広範囲に存在し、とくに都市部で薬物利権やシマをめぐって抗争を繰り返しています。バンクーバーでも郊外の街ではギャング同士の銃撃戦があった!なんてニュースは頻繁にあり、ギャング組織の影響は、日常普通に生活している私達には想像もできないくらい闇社会では大きいのでしょう。それは緊急外来(ER)ドクターの話からも伺えます。



今回プレゼンをしてくれたC病院のERドクターによれば、人身売買被害者が最初に救い出されるチャンスがある場所、それが病院の緊急外来だそうです。人身売買業者にとって人身売買被害者は従服させる対象であると共に、お金を稼ぎ出す商品です。ですから従服させるために振るった暴力で出来た傷の手当ては被害者の商品価値を保つためにも必要不可欠です。そのため業者も人身売買被害者を緊急外来へと連れてきます。しかし入院させるというような、被害者を拘束・コントロールできない状況になるのを業者は嫌がり、そうさせないようにするので、大抵において人身売買の被害者と関われる医療現場は緊急外来のみという限られた環境となります。このような状況は他の虐待(児童虐待や高齢者虐待)でもよく見られことです。そのため、いかに緊急外来の医療スタッフが人身売買について精通しているかが、被害者を救う上で大切になる!とERドクターは強調します。


人身売買を疑う例として:


• 身分照明するものを持っていない


• 患者さんにいつも誰かが付き添って1人にしたがらない、話させたがらない


• 若い患者さんと家族関係にない年上の人が付き添うなど不自然な関係


• 患者さんが怯えたような表情をする


• 患者さんが個人情報(住所、家族構成、年齢など)を話したがらない


• 患者さんが怪我をした状況を話したがらない


• 無数の傷、痣、火傷跡があり、特定の部位に集中している


• 栄養不良の症状がある


• 性病や性器への裂傷がある


• PTSD、パニック障害、鬱、自傷、自殺未遂のサインがある


• 薬物依存の症状がある


などなど、注意してみればかなりのサインがあります。ただドクターが言うには、緊急外来(ER)は戦場のように忙しく雑多な環境なので、人身売買・虐待のサインを見逃してしまうことも多々あるとの事。そのため、このドクターが中心となってC病院ERの医療スタッフを対象に「医療スタッフが注意すべき虐待・人身売買被害のサイン」についての啓蒙活動を行っているそうです。そして実際、人身売買被害にあった患者さんを認識し、助けを差し伸べることが出来るケースも近年増えてきたそうです。



さて、もしERで人身被害にあっている患者さんを認識した場合、医療スタッフは何をすべきなのか?そして医療ソーシャルワーカーの役割とは何なのか?という事になるのですが、まずドクターが虐待を受けている疑いのある患者さんを見つけた場合、即座に医療ソーシャルワーカーそして法医看護師に報告がいきます。また患者さんが同意すれば警察に連絡します。しかし大概の場合、人身売買被害者は業者に見張られているため、また暴力・薬物依存によるコントロールを受けているため警察への報告を躊躇います。そこで、医療ソーシャルワーカーが法医看護師と連携をしながら患者さん本人から話を聞き、また安全な環境(例:社会的入院措置や女性支援シェルターの紹介)を確保し、本人のトラウマを刺激しないように本人の意志を尊重しながら警察への通報を勧めることになります。もし被害者が16歳以下の場合は、青少年保護法に関わるので、本人の意思とは関係なく警察そして児童福祉機関に通報しなければいけません。しかし成人被害者の場合、本人の意思に反して警察に通報する事は人権上できませんし、また被害者の利害を損なったり、しいては被害者を危険にさらすことにもなりかねません。ですから医療ソーシャルワーカーは慎重に事を進めることが求められます。そのため医療ソーシャルワーカーは、地域の被害者支援団体、女性支援団体、保健所などとも連携し、出来る限り患者さんの安全の確保に努めると同時に、トラウマを負った患者さんの心のケアに努めます。



しかし残念なことに、人身売買被害者である患者さんの多くは、また人身売買業者のもとへと戻っていってしまいます。それは生活の為であったり、警察への不信感だったり、という理由もあるのですが、人身売買から逃れられない大きな要因は業者からの肉体的・精神的コントロールにあります。業者からコントロールされる例にこんなのがあります。ある業者は家出少女達にはまず子犬をプレゼントするそうです。これは少女達の警戒心を解き、彼女らを信用させるために使われます。そしてその後、売春などを強要させるわけですが、もし少女達が逆らったり、言う事を聞かない場合は、「商品」である少女達には暴力を振るわず、そのかわり少女達が可愛がっている子犬に暴力を降るって少女達を服従させるそうです。その他にも、薬物漬けにして依存させて思考能力を奪ったり、家族に危害を及ぼすと脅したり、と様々なテクニックを使って被害者をコントロールするため、とくに愛情を受けることなく育ち、身寄りのない少年少女達には業者からのコントロールから逃れるのが一層困難となるのです。



お年寄り患者さんが大多数の腎臓透析科で働く私が、このような人身売買のケースに関わる事はほとんどないのですが、それでも最近の腎臓移植増加は急性薬物中毒で亡くなられた若者ドナーの急増という背景があります。また海外では人身売買による臓器販売なんていう怖い事も行われていて、患者さんの中には過去海外で移殖を受けられた方が何人かいました。そう考えると、あながち私の職場も人身売買から遠い場所でもないのです。それにしても社会的弱者である若者達を徹底的に搾取する闇社会の構造に、恐れと怒りの入り混じった感情が溢れてきます。多くの人身売買被害者が医療現場で救われることを願ってやみません・・・。

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