Code Blueが鳴る時・・・患者さんの死と向き合う

病院で働いていると、少なくとも1日1回は「Code Blue! Code Blue!」っていう館内放送(アナウンス)を聞くようになります。多いときでは1日に5回とか6回とか流れる時もあるこのCode Blueアナウンス。一体何なのか!?

それは病院内で突然意識を失って倒れた患者さんが出た事を知らせる秘密(?)の暗号なのです!


基本的にCode Blueは、心臓発作や呼吸困難などによって患者さんが急変したときに使われる事になっているのですが、その仕様用途は結構幅広く、職員が脳貧血で倒れたり、患者さんがちょっとフラついて倒れ込んだ時なんかにもCode Blueアナウンスは流されます。なので、Code Blueを聞いたからと言って、必ずしも患者さんが急変しているとも限らないのですが、しかし実際急変してそのままお亡くなりになってしまう患者さん達もいる訳なので、やはり「Code Blue! Code Blue!」って鳴り叫ぶ館内放送を聞くと、体が条件反射的に緊張します。


さて、このCode Blueがアナウンスされると何が起こるのか?

病院内にはERの医師看護師から結成されているCode Blueチームなるものが存在し、彼ら彼女らはCode Blueの館内放送が流されると、すぐさまその発生現場に出向いてCPR(心肺蘇生法)などの緊急手当を患者さんに行います。Code Blueチームは10〜15人くらいで結成されているのですが、その全員が一斉に駆け出して患者さんの元に向かい、処置を施す姿は壮観です。いや〜まるでテレビドラマそのままですよ!カッコイイ!


さてそんなCode Blueが先日、私の働く腎臓透析科で起きました。

心臓病疾患を持つ患者さんも多く、さらに透析中は結構血圧が上下することも多いので、腎臓透析中に意識を無くしてしまう患者さんは割といます。なので「Code Blue! Code Blue!」って館内放送されることもしばしばあるのですが、この日も突然の「Code Blue IN 透析科!」の館内放送が流れました。私は同僚と駄弁っていたのですが、
「お?Code Blue?え?うちの科で????」とビックリして透析科に向かうと、透析科の看護師が患者さんに馬乗りになって心肺蘇生をしている姿が見えました。

透析科の医療ソーシャルワーカーとしてまず私がやること、それは患者さんが誰だか確認すること。ま〜当たり前と言えば当たり前なんだけど、でも患者さんの家族に一報を入れるのはソーシャルワーカーの仕事なので、この患者さんが誰で、どの人に連絡を入れるべきなのかを確認しておかなければいけません。また患者さんの中には家から通っている人と入院病棟から送られてきている人とがいて、とくに入院患者さんは新患さんが多いので私にとって馴染みがなく、そうなると病棟ソーシャルワーカーとも連携して「いつ、誰に連絡するか?」を状況を見て決めなくてはなりません。そして今回は、最近透析を始めたばかりの入院患者さんだったので私はこの患者さんに対する予備知識が全くありませんでした。なので急いで彼が入院している病棟のソーシャルワーカーに連絡を入れたのですが・・・この病棟ソーシャルワーカーも3日前に雇われたばかりの新人で、患者さんについて何も知りませんでした(涙)。

「あらら、いきなりこんな件に巻き込んじゃって可哀想な事しちゃったな・・・」と未だに新人のようにオドオドした気持ちで働いている中堅ソーシャルワーカーの私なので、この新人ソーシャルワーカーさんに同情してしまいます・・・いやいや、同情するならお前が代わりに仕事しろよ!ってことで、はい!ここは私が頑張らなければいけません。でも困ったな。誰に連絡したらいいんだろう?(と言うのも、カルテに家族の連絡先が書いてな〜い!!!)


そうこうするうちに、Code Blueチームが透析科に到着し、透析科看護師に代わって心肺蘇生を始めました。私の心のうちでは「これはダメかもしれないな・・・」という思いが込み上げてきます。なぜなら心肺蘇生が始まった段階ですでに予後が良くない上、Code Blueチームが来てからもう20分以上も心肺蘇生(心臓マッサージ)を続けているからです。こんなに長く心臓マッサージを続けているってことは只事ではありません。心肺蘇生を受けている患者さんの体が心臓マッサージのせいで上下に激しく動いているのが見えます。でも土気色をしている皮膚の感じから、患者さんの容態が良くないのは私でも分かります。周りの透析患者さんの心境を察してベット周りのカーテンは引かれているのですが、それでもヒリヒリとした切迫した空気はみんなにも伝わっているはずです。これが透析科でCode Blueが起きた時の一番辛いところかもしれません。患者さんはみんな「明日は我が身」という思いでCode Blueチームの怒号を聞いているからです。何人かの患者さんが私に「何があったの?」「大丈夫なの?」と不安そうに聞いてきます。かと思えば「Code BlueでCPRしてるんでしょ?俺、もう見慣れたから平気だよ」なんて強がる(?)患者さんもいたりと人それぞれではあるものの、それでも皆それなりに動揺しているのが分かります。そりゃそーだよね。職員の私だってこんなに緊張するくらいだから。


心肺蘇生を始めてから30分が経過し、Code Blueチームは正式に患者さんの死亡を宣告しました。私は正直ホッとしました。心臓マッサージを受けて体が上下し続ける患者さんの姿を見ていると、なんだか可哀想になっちゃって、早く辞めて楽にしてあげて欲しいな・・・なんていう気持ちが先走ってしまうからです。テレビドラマで見るCPRとは比較できないほど、本物の(?)CPRは激しくて痛々しいのです。心臓マッサージで肋骨が折れるなんて事も普通にあるので、基本的に高齢者や病状の良くない人にはCPRは勧めないのですが、しかし「CPRはしないで欲しい!」と事前に意思表示していない限りはCPRはされてしまいます(事前意思表示していてもCPRされちゃうことだってあるくらいだからね・・・)。ご家族の人がこれを目の当たりにするのは大変辛いことなので、ご家族の方達がいらっしゃるときには、ソーシャルワーカーがさりげなくご家族を患者さんから遠ざけ、処置が終わるまで気持ちを落ち着かせてもらうよう心理サポートを行うことになります。これ、ソーシャルワーカーにとっても心労です・・・当たり前だけど。


本来ならばソーシャルワーカーがご家族にまずご一報を入れるのですが、入院患者さんと言う事もあり、今回は腎臓医が患者さんの息子さんに直接電話を入れて状況説明をしてくれました。外来患者さんだと、急変した時点でソーシャルワーカーが家族に連絡して来てもらうんだけど、今回はもうCPRの段階で予後が悪かったので、ハッキリと状況が確認できるまで家族には連絡を入れないことにしました(死に目にはもう間に合わない状況だったし・・・)。その後、ご遺体を霊安室に運ぶか、それともご家族が来るまで透析科に安置しておくか決めなければならないと言うことで、私も息子さんに改めて電話をしました。「さっき医者から心臓発作で死んだって聞いたけど、本当に心臓発作だったの?」とまだ信じられない!と言う感じで息子さんから聞かれ、「はい、先ほどドクターが説明された通りです・・・」としか答えられない医療ソーシャルワーカーの私。「お父さんはまだこちらにいらっしゃいますけど、お会いになられますか?」と聞くと、「いや、いいです。今日は会いに行きません」と息子さんはいいました。もしかしたら、まだお父さんが死んだことを受け入れる心の準備が出来ないのかな・・・と思うと切なくなります。


日本では「死に目には会わなければ!」「せめて死に顔を見なくては!」というような文化的背景(?)がありますが、カナダでは意外とそれが絶対的な思想ではなくて、ご家族によっては遺体は見たくないと言われる方々もままいらっしゃいます。なので私も「はい、わかりました。そうするとお父様はこのあと霊安室の方へと移動していただく事になるのですがよろしいでしょうか?」と確認を取ります。それにしても毎回ながらこういう状況での言葉使いは難しい・・・それも英語だし(母国語の日本語でだって難しいのに・・・)。気をつけないと遺体(Body)とか、運ぶ(Move)とか、それ(It)なんていう無機質な言葉を使っちゃいそうになります。ま〜そんな言葉を実際使っちゃったとしても、真心さえ持っていれば、それがちゃんとご家族にも伝わるはずだから、多分大丈夫なんだろうけどね・・・と思いつつも、やっぱり言葉使いには慎重になって、いつもより英語がガタガタになって吃ってしまうのが私がまだまだオドオド中堅ソーシャルワーカーたる所以な訳です。


さてそんな中、私が今回一番心を打たれたのは・・・看護師の涙!

普段は短気で(お前が人のこと言えるのか!?)、噂好きで(これも然り!)、患者さんからの評判も必ずしも良くない透析科看護師達なのですが(え?私も?)、患者さんの死が宣告された時、多くの看護師の目が涙で赤くなっていたのを私は見逃しませんでした。昔からよく知っている患者さんならともかく、まだ新患さんでそれほど知っている仲でもないのに、なぜだろう?


私はこう思うのです。透析科でCode Blueが起きた時は、まず透析科の看護師がCPR(心肺蘇生)を行います。Code Blueチームがやってくるまで。でもCPRって全体重をかけてマッサージするので、頑張っても1〜2分で疲れてしまいます。なので、CRPする時は、透析科の看護師みんなが協力して交代交代CPRをするのです。そうした中で、患者さんに生き返って欲しいという願いを一つにチームとしての結束力、一体感が生まれ、そして個々の看護師が全力で心臓マッサージをする。しかし結果的に患者さんが亡くなってしまえば、喪失感そして助けられなかったという無念の思いに駆られ涙が出てしまう・・・のではないでしょうか。

それに対して、外から見ているソーシャルワーカーとしては「あ〜早く楽にしてあげて欲しい・・・」というQOL(生活の質)からみた倫理観が出てしまうことから、どちらかと言えば、患者さんが亡くなられたことにホッとした思いが生まれてしまうのかもしれません。これは直接患者さんにCPRを施す側に立つか、見る側に立つかによって大きく分かれてしまう感情なのかもしれませんね。


そんな訳で、透析科で起きたCode Blueで見た看護師の涙・・・とても感動的(って言い方は安っぽいけど)・・・心に響きました。またガムシャラにCPRする看護師を見て、看護師ってカッコいいな!崇高だな!っていう尊敬の念も湧き出たのでした(ゴメンね!今まで看護師の愚痴ばかり言って)。


普段はわりとのんびりしている腎臓透析科なのですが、こんな風に突然Code Blueがやってくる事もあるので、以外と緊張感もある職場なんですよ。ちなみに病院内で使われる秘密の暗号はCode Blueの他にもこんなのがあります:

Code Red: 火事(これは困る!)

Code Yellow: 患者さんが行方不明(ソーシャルワーカー出動の時)

Code Pink: 乳幼児の急変 (とても悲しくなる)

Code Black: 爆弾が仕掛けられている(絶対聞きたくない全館放送・・・どうすればいいの?)


・・・とこんな感じで、怖かったり悲しかったり困ったりするものばかりなので、勤務中にはCodeが鳴らないのが一番の幸せです。患者さんの多くはこのCodeの内容は知らないので、まさにこれこそ「知らぬが仏」です(笑)

おわり





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