腎臓病患者さんの心の負担
高齢化と糖尿病・高血圧と言った生活習慣病の増加により、腎臓病を患う人が増えています。腎臓病はステージ1から5まであり、GFR(glomerular filtration rate)と呼ばれる腎機能を数値化したものを基準に、病状の進行を判断します。カナダではステージ3以上の慢性腎臓病患者さんは、地域のKidney Care Centre(腎臓クリニック)に紹介され、残っている腎臓機能を出来る限り温存させるため、予防対策(例:食生活の改善)の指導を受けます。ステージ4(GFR30以下)の患者さんには、将来を見据えて透析方法や腎臓移植についてのお話をします。ステージ5(GFR15以下)の患者さんの腎臓はほとんど機能していないので、ステージ5の患者さんは透析治療を受けることになります。また患者さんの中には、透析治療を受けない選択をし、ホスピスで末期を迎えられる患者さんもいます。
私は、Kidney Care Centreで短期間働いていたことがあるのですが、まだ透析を受ける段階にない慢性腎臓病患者さんの心は、毎月の血液検査で示されるGFRに揺れ動かされます。GFRが高ければホッと安心し、低くなると落ち込む。それはGFRの数値が下がれば下がるほど透析治療へと近づいていくからです。多くの患者さんは将来への不安から、うつ的症状を発症するリスクも高く、そのためソーシャルワーカーとしては、カウンセリングや心療内科の紹介などをすることが多いです。やはり、透析治療がどういったものか、そして透析治療によって生活がどう変わるのか、そこの所がハッキリと分からないことによる予期不安が大きなストレスとなっているように感じます。
そして現在、私は血液透析科のソーシャルワーカーとして透析患者さんのサポートをしているのですが、Kidney Care Centreから来た新規の患者さんの多くは透析に上手に適応できているように見えます。これは透析治療が現実となった今、透析への予期不安から解放され、透析治療と共に今を生きる覚悟が出来るからだと思います。それでも、新しく透析を始めた患者さんにも心の負担は生じます。透析初期は、極端な疲れや、頭痛、吐き気に悩まされることも多く、透析から家に帰るとぐったりと眠ることしか出来ない患者さんがほとんどです。そんな中で、この先もずっと透析をやっていられるのか?いっそうのこと透析をやめてしまおうか?と思い悩むのもこの時期です。また週3回の透析と疲労により、多くの患者さんは仕事を続けることが出来ません。そうなると生活への不安も出てきます。さらに、家族への負担も多くなり家族関係がギクシャクすることもあります。新しく透析を始めた患者さんは、透析への予期不安から現実生活への不安へと心の負担が変わっていくのです。
腎臓病は通称Silent Disease(日本ではサイレントキラー)と呼ばれます。それというのも、腎臓病は自覚症状が出にくく、浮腫みや血尿などに気が付いたときにはもうステージ5だった、なんてこともよくあります。新しく透析を始める患者さんの中には、つい先週まで慢性腎臓病だったことを知らなかったなんていう患者さんも多くいます。このような患者さんの心の負担は大きく、透析という現実を簡単に受け入れることはできません。どうして腎臓病になってしまったのか?なんでもっと早く気が付かなかったのか?こうなる前に、なにか出来ることがあったんじゃないか?と自責の念や過去に対する後悔、また透析治療への怒りといった感情に苛まれたりすることもあります。また準備する時間がなかった分だけ、激変した生活に対応することも簡単ではありません。
今朝も新しい患者さんが入ってきました。彼女もクリスマスイブに始めて腎臓病であることを知り、すぐ透析が必要と判断され今日から透析治療が始まりました。「ビックリしたけど、でも現実を受け入れて、透析治療に専念しないとね!」と気丈に振舞われていましたが、ふとすると涙がこぼれ、「まだまだ、何も考えられない」と混乱する胸のうちを垣間見せたりもして、なかなかショックから抜け出せないようです。それはそうですよね。3週間前に不意に腎臓病だって分かっただけでもショックなのに、そのあとすぐに透析治療。なにがなんだか分からないうちにここに来ていたというのが正直なところではないでしょうか。彼女からは「心を落ち着かせるために、なにかいい方法はないか?」と質問されました。この場合ソーシャルワーカーとして出来るベストはなんだろう?このままカウンセリングをしようか、それとも地域の心理療法士の紹介をしようか、それともリラクゼーション方法を教えようか、と色々考えましたが、きっと今この患者さんが一番知りたいことは「どうやって透析治療に慣れたらいいのか?」という事ではないかと考えました。またこれから始まる未知の透析生活に対する不安も相当あるでしょう。このような初期不安に一番効果があるのは、経験者から話を聞くこと。幸いなことに、カナダではKidney Foundation(腎臓基金)というNPOがKidney Connectという電話によるカウンセリングサービスを行っています。このKidney Connectによるカウンセリングサービスは、すべて透析患者や(移植を受けた)元腎臓病患者のボランティアによって運営されています。おなじ経験をした仲間からのカウンセリングほど心強いものはありません。Peer Support (日本語でもピアサポート?)と呼ばれるこのKidney Connectの情報を、この患者さんに紹介しました。さらに「Kidney Connectの感想、ぜひ聞かせてくださいね」と患者さんにお願いして、次回はこのKidney Connectをネタ(?)に、この患者さんとじっくりカウンセリングをするチャンスを作りました。新規の患者さんとは信頼関係を築くのが大切なので、患者さんと接するどんなチャンスも逃すわけにはいきません!
このような新しく透析を始められる透析患者さんの心の負担を少しでも減らして、患者さんがうまく透析治療に適応できるようにサポートするのが腎臓ソーシャルワーカーの任務です。では腎臓ソーシャルワーカーは具体的にどうのようにその仕事を実践しているのか?それはまた長くなるので次の記事に「つづき」ということで。次回は「腎臓ソーシャルワーカーの仕事 実践編」です(笑)。
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